第79話 優しい手。

 トウモロコシ収獲の後に、花火をして、俺達は河原でキャンプをした。

 そして帰宅途中にジェラルドの森の家まで預けたドールを、引き取りに行った。



「待たせてごめんな、一人で心細かったかな? ひょっとして魔力が宿って動き出すかと思ったんだよ」


 ドールは相変わらず沈黙してるし、動きもしなかった。



「……マスター、その子のお名前は?」

「ああ、名前な、フェリシティ……フェリにしよう」


 何かお店で寂しげにしてたから、幸せになれるように。


「フェリさん、こんにちは。私の名前はミラです。これからよろしくお願いしますね」


 フェリは沈黙しているけど、ミラは礼儀正しく挨拶をした。


「よし、帰ろうか」


 フェリをお包みに包んでトートバックに入れて、ミラは俺の肩の上に乗せた。


 またルルエに乗って俺達の家に帰った。


「マスター、屋根裏でフェリと寝てもいいですか?」

「かまわないよ、フェリが気に入ったんだな」


 小さな20センチサイズのドールよりも、同じ40センチドールの方が高級感もあるからお気に入りなのかもしれない。


 その夜、移動疲れで俺達は爆睡していたが、夜中に何かあったらしい。



 ** 以下、ミラ視点 **


 深夜、いわゆる草木も眠る丑三つ時。

 私は新入りのドールに声をかけた。



「フェリ、あなた、本当は意識あるでしょう?」

「……放っておいて、私は捨てられた不幸を呼ぶドールなの」

「捨てられたじゃなくて、前のオーナーが手放して売ったのでしょう?」

「たいして違わないでしょ」

「ゴミ捨て場にポイとはだいぶ違うと思うわ。せめて次の人が可愛がってくれるように、自宅から店に移したのだし」


「人間はお金が欲しかったのよ」

「人間が生きていくには、お金が必要だし、誰にでも事情はあるでしょう」


「私を最初に手に入れた人は嫁ぎ先の家業が傾いて、お金が無くなって私を売ったの。その次のオーナーも親の勤めていた会社が倒産し、実家からは弟の学費の為に金を出して欲しいと言われて、私を売ったの。私は不幸を呼ぶドールなんだわ」


「家のマスターは金運だけは上り調子よ、心配しないで」

「……あなたに私の気持ちは分からないわ!」


 彼女は頑なだった。


「私もお金の為でなくても売られかけたので、全く分からないわけじゃないわ」

「……本当? あの人、実は冷たい人?」


「いいえ、むしろもっと、自分よりかわいがってくれる女性のもとへ行った方が幸せなんじゃないかって言ってたわ」

「ふん……」

「ねえ、フェリ。貴方の前のオーナー、手放す時に何か言ってた?」


「……手元に置いておくと、ついつい新しく可愛いお洋服とか貢ぎたくなってしまうし、これ以上趣味にお金を使えないから、未練を断ち切るためにさよならするねって」


「それは素敵なお洋服を見ると貢ぎたくなるくらい貴方のことを可愛いと思っていたってことよね」

「……着せ替えが好きだっただけかも」 

「可愛くなければ10万円も出して高級なドールとか買わないでしょう、五千円くらいで買えるお人形もあるんだし」

「……だから何よ! かわいい、かわいいって何回言ってくれても皆、私を捨てるの!」

「今度は違うかもしれないわ」

「またきっと売られるわ。不幸を呼ぶドールだから」

「決めつけ無いで。ただ間が悪かったんでしょ」


 フェリはその後沈黙して、微動だにせず、ただのお人形のフリをした。


 そして、夜が明けた。


 私はリビングのソファに行儀よくちょこんと座っていた。

 屋根裏部屋から一人で出て来たのだ。



「ファ~。ミラ、おはよう」

「マスター、あの子、やっぱり昨夜喋りました」

「なんだって!?」

「でもフェリは自分が不幸を呼ぶドールだって、やさぐれています」


「おやおや、なにがあったのかな?」


 私はマスターに昨夜の会話の内容を教えた。


「という訳なので、しばらく様子見するしかなさそうです」

「そうか、そんな事が」


 マスターはフェリを抱えてリビングに連れて来た。


「ここならいろんな人が集まるから、淋しくないかもな」


 マスターはリビングにある小さなテーブルにフェリをそっと座らせた。


「お人形は日陰に置いた方がいいのではなかったのぉ?」


 ミレナさんが眠そうな目を手でこすりつつ、リビングに入って来て、首を傾げた。


「あ、そうだった。なんかミラが不思議なパワーで紫外線から守られている気がしてるから、つい」

「窓から背を向けた壁際がいいか、ベールも被せておこう」


 マスターはフェリにベールを被せてから、彼女の手前にアクセサリートレイを置き、それに金貨をジャラリと入れた。


「ショータ。それ何してるの?」

「オーナーが金欠になるのを心配しているようだから金貨を積んてみた」

「そんな、アホな。泥棒に狙われるわよ、そんな目立つ所に金貨なんか置いて」

「あはは」

「あははじゃないわよ。この男は」



 マスターは呆れるミレナさんを尻目にフェリの頭を優しく撫でた。

 しかし、ウイッグが乱れてしまい、慌てて直してた。


 朝食後に人間全員が市場に買い出しに行くらしい。

 ラッキーも一緒に出かけるけど、私はお留守番をすると言った。


 私はマスターの用心棒だけど、今は海の神様の帳面もあるし、まだフェリが気がかりだったので。


 

 静まり返ったリビングにはお人形が二人。


「幸せの手触りというものは……ああいうものだったかしら……」



 さっきマスターが撫でた頭を、フェリは己で軽く撫でた。


 この銀髪のドールの小さな呟きを聞くものは、また私だけだった。



















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