第70話 夜中の騒動
「また完売したわ!!」
閉店後、ミレナがエプロンを外しながらそう誇らしげに宣言した。
「また一日で雑貨屋の方が売り切れたか、めでたいが、明日からどうするか」
俺は腕組みをして考えるポーズをとる。
「カフェのケーキストックとアイスも売り切れたぞ。パンケーキは焼けるしフルーツポンチも作れるが」
ジェラルドが魔道具の冷凍庫と冷蔵庫を確認しながら報告をくれた。
「またミレナにもカフェの方の応援に数日だけ入ってもらうか」
「それは別に良いけど」
「完売凄いッスね、今夜はお祝いですか?」
カイが嬉しそうにニコニコ笑っている。
「ああ、お酒が飲みたいなら出せるぞ、焼き肉とビールにするか?」
「それは賛成〜、私もお酒飲みたいわ」
「悪くないな」
「やったー!! ショータさん最高!」
その後で家の方に移動して、焼き肉とビールで打ち上げパーティーをした。
そしてそろそろ解散というところで、頬を染めたほろ酔いらしきカイがラッキーを抱えて言った。
「ショータさん、俺ぇ、今日はこの子と寝ても良いですかぁ〜?」
「ワフゥ」
カイに抱っこされて困惑してるように見えるラッキー。
「ラッキーと? 犬好きだったのか、俺は構わないよ」
「ありがとうございます」
その夜。
夜更け過ぎに、事件は起こった。
俺は深夜にラッキーが控えめに鳴く声が聞こえて目が覚めた。
ベッドから抜け出して、カイの寝ている部屋に向かった。
カイの部屋の扉の内側からはラッキーがカリカリ爪を立てている音もしている。
「ワフゥーン」
「ラッキーどうした? 外に出たいのか? トイレか? カイは泥酔して起きないのか? 入るぞ?」
そう俺に問われても犬はワンとしか言えないので、俺はカイの部屋のノブを開けようとした。
しかし、内側から鍵がかかっていた。
俺は仕方なく針金でもないかと自分の部屋に戻った。
──ん?
なにか違和感を感じる。
出窓の籠ベッドにも俺のベッドの枕元にもミラがいないのだ。
たいていミラは夜には俺の部屋のどこかで寝ていたはずが。
一階、二階と、仲間の寝室以外、どこを探してもミラがいない。
自室で針金が見つけられなくて、仕方なくミレナの部屋の扉をノックして、彼女を起こした。
「夜中にすまない、ミレナ、起きてるか?」
「なぁにぃ?」
やや寝ぼけた声のミレナがドアを開けて顔を出して来た。
「シーフって言うくらいだから、鍵開けは得意かなって、カイがドアに鍵をかけてるけど、ラッキーが外に出たがってるみたいなんだ」
「なんだ、そんなこと」
「そんでミラもいないけど、もしかしてミレナの部屋にいるのかな?」
「え!?」
ミレナは急に険しい顔をしてカイの部屋まで走った。
そしてドンドン!! と、激しく扉を叩くミレナ。
「カイ! いるの!?」
「クゥーン」
カイからの返事はない。ラッキーが悲しげな声を上げるのみ。
「カイは酒が入って爆睡してるのかも」
「鍵を開けるわ」
ポケットからヘアピンのようなものを出したミレナが器用に、そして無理やり部屋を開けてみたら、中はもぬけの殻だった。
いや、ラッキーはいるんだが、カイがいない。
窓は、開いていたが。
「あいつまさか酔っぱらって窓から出かけた?」
「ミラがカイのやつに攫われたんじゃないの!?」
「え!? 何のために!?」
わざわざ動く人形を!? 可愛いから!?
「金目のものでしょうが! 綺麗で喋る人形なんて! オークションにでもかけたら絶対に高く売れるでしょうに! 貴族の令嬢も欲しがってたし!」
あっ!! そう言えば!!
「ワフ!」
ラッキーがひと声かけて走り出した!
「そうだ! ラッキーは探しものが得意な名犬だった!」
俺とミレナは先行するラッキーを追いかけた。
外に出てしばらく走ると、街道にミラがいた!
側には全裸でミラの糸に縛られたカイが地面に転がっている。
どうやらミラの糸に服を切り裂かれたらしい。
服の残骸もそのへんに散らばってる。
「ミラ!」
「マスター……」
「だからカイなんて雇うなって言ったのに!」
「この方、私を袋に入れて連れ去って貴族に高値で売りつけるつもりだったようです」
ミラはクールな口調でそう報告した。
「カイ、お前……」
「くそ、お人形に戦闘能力まであるとか反則じゃんよ……」
カイは全裸だが、股間はかろうじて尻尾で隠し、拘束されつつもそんな風にぼやいた。
俺は裏切られたのか……。
「このアホを憲兵に突き出さないと」
尻尾も触らせてくれたのに、俺に心を許すフリで油断させてミラを狙っていたのか……。
悲しいな。
俺はミラを抱き上げて言った。
「もう既に恥をかいて罰はうけたみたいだし、糸だけはほどいてやろう、ミラ」
「ショータ、何を言ってるの!? コイツに慈悲なんかかける必要ないでしょ!?」
「彼を通報したら狐族全体の評判が下がるかもしれないし」
「そんなことを心配してる場合!?」
「まあ、ミラはこうして無事だったし」
「マスターがいいなら彼を開放しますが」
「あきれたお人好しだわ!」
「ショータさん、すみません。ちょっと魔が差して」
ミラはカイを縛っていた糸をほどいた。
相変わらず街中でカイは全裸のままであったが、深夜なので人通りはないのが不幸中の幸いか。
「カイはお金に困っていたのか?」
「はあ、すみません、ちょっと借金があって」
「まともに働いて返しなさいよ!」
「借金取りに追われるのが面倒でタラスまで逃げてたんですが」
カイは器用に股間を尻尾で隠しつつ、立ち上がって話を続けた。
「バカンスじゃなくて逃亡だったのか?」
「ええ、まあ。女性はちょっとチヤホヤすると俺をすぐ家に泊めてくれるんで」
カイはヘラリと笑った。
軽そうだけどイケメンはこれだから……
「くそヒモ男がなんでそんなに借金背負ったのよ?」
ミレナがカイを睨みながら問いただす。
「毛艶がよくなるお薬があるって言われて、それを買ったら高かった」
「あんた、バカぁ!?」
ミレナの渾身のどっかで聞いたようなセリフ!
「その艶があってフサフサの尻尾はお高い薬のおかげだったのか!」
「凄く良い尻尾でしょ?」
こんな全裸状態でドヤる狐男。
「そんなん借金作るほど高いお薬に金払わずとも、椿油でも使えば良かったのに」
「ショータさん、なんすかソレ!?」
「ああ、もう! こいつを憲兵に突き出さないならもう相手にしないで、バカバカしいから帰りましょ! このバカは一生出禁よ!」
ミレナは強引に俺の腕を掴んで家に帰ろうとしたので、俺もそうすることにした。
「さよならカイ、泥棒さんにはお賃金は払えないが、せめてもの情けだ。銅貨五枚で古着くらいは買えるだろう」
俺はカイに向かって銅貨を五枚ほど投げた。
チャリンチャリーン……。
銅貨が道端で跳ねる音が虚しく響くのを聞きながら、俺達はカイの眼の前から去った。
疲れてて眠いし、マジで帰るわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます