第68話 黒髪の錬金術師エンツィア。
夜に雨が降った為、花火は延期となった。
翌日、俺は伯爵様と錬金術師に会うために、一人でルルエに乗って出かける。
ジェラルドには狐男、カイくんの教育を任せてる。
伯爵邸に到着し、門番に挨拶をした後で、俺は下男に乗って来たルルエを預けた。
執事によって邸宅内に無事通された。
応接室でしばし伯爵様を待つ。
ややして伯爵様がローブを被った人と一緒に入って来た。
「よく来たな、商人」
伯爵様は俺に会いたかったらしい、なんとなく声に現れている気がする。
新しいティッシュもご所望なのだろう。
俺はぬかりなくティッシュと鼻炎薬とマスクを手土産に持ってきている。
貴族への手土産にティッシュなんて普通は馬鹿にしてるみたいだが、こちらでは貴重な物だ。
「伯爵様にはご機嫌麗しく……」
「そんな堅苦しい挨拶はよい、こちらが例の錬金術師だ」
「はじめまして、錬金術師のエンツィアと申します」
ローブを被っていた人がフードを脱ぎながら自己紹介してくれた。長い黒髪の知的美人!
なんと、錬金術師は女性だったか!
「はじめまして、私は商人のショータです」
「よろしくお願いします」
俺はお土産の品を伯爵様に渡す為に魔法のカバンから色々取り出す。
「これが伯爵様への贈り物のティッシュとマスクと鼻炎薬で、こちらが錬金術師様にお見せしたい花粉のプリントアウト画像、そしてこちらが顕微鏡と、顕微鏡で調べる為に用意した植物です」
「感謝するぞ、商人」
「ありがとうございます」
伯爵様と錬金術師に礼を言われた。
伯爵様は早速鼻炎薬を開けて執事に水を持ってこさせた。
錬金術師は花粉の画像をプリントアウトした紙を手にした。
「拝見します」
「それが花粉の拡大図です、小さな花粉を顕微鏡で見るとそのようになります」
更に俺はテーブルの上に置いた顕微鏡を箱から出して、プレパラートの上に花粉をセットし、ここから覗いて見てくださいと錬金術師を促した。
「まあ、このような……これは見事な発明です」
「これは俺の世界のどこかにいた偉大な発明家が作った物です」
「ショータさんは異界からの迷い人さんですね」
「はい」
こんな物を出した手前、今更隠してもしょうがない。
「これは買い取ってもよろしいですか?」
顕微鏡が欲しいのだろう。
俺が頷くと錬金術師のパトロンなのだろう伯爵様が右手を上げた。
執事が金の入った袋を持ってきて俺に差し出して来た。
俺も元手はかかってるので遠慮なく貰うことした。
「そしてつまりはこの極小のものが鼻の中に入ると悪い異物だと思い込んだ体が異物を排出させようと鼻水を出しまくってしまう仕組みですので……」
俺は花粉とアレルギーに関する話を伯爵様と錬金術師に簡単に説明した。
「なるほど、この目で花粉をしっかり見たことで術式の効果が上がるはずです」
錬金術師の瞳は輝いていた。
「全ての花粉がそんなアレルギー反応を起こす訳ではなく、また、人によっても反応する花粉が違うことがあります。これは当方の世界の主にアレルギー反応を引き起こす植物の一覧です」
更に追加資料のプリントを錬金術師の前に出した。
錬金術師のエンツィアさんは花粉の名前を指さして俺を見た。
「これはこちらの言語ではありませんね」
「はい、こちらと部分的には同じ植物もありますが、全てが同じとは思えないので書き換えてはいません。とりあえずこのくらいの数があちらでは認識されていると思っていただけたらと。
俺の字で良ければこちらの文字で書き足しますが」
「私、ショータさんの側で色々と勉強させていただきたいですわ、無理でしょうか?」
え? マジで?
「えーと、後日また当方の店が再開されますが、在庫を売りつくしたらしばし暇にはなるんです。その時でも良ければ時間はとれると思います」
カフェの仕事も数日間の営業で休止してもいい。
ケーキの在庫にも限界があるし。
「異界の方は賢者並の知識がお有りなので、私はこの縁を大事にしたいと思います」
「はあ、恐れ入ります」
俺が凄いのではなくウィキというか異世界、地球の知識が凄いんだよな。
錬金術師としては知識欲が刺激されるんだと思う。
「二人とも、それで話はまとまったのだな?」
「はい、ショータさんとはまた後日お話しをさせていただくとして、ひとまず私は伯爵様の元に届く植物の花粉の特定作業を致します」
「よし、頼んだぞ」
話が大方終わったら長居は無用、ここでお嬢様にまで捕まったら開店準備が遅れてしまう。
それに伯爵様がさっきからティッシュの箱を抱えてソワソワしているから、鼻をかみたいのかもしれないし、解散しよ。
「それでは開店準備がありますので、私はこれで」
「私も研究がありますので」
「うむ」
俺と錬金術師は席を立ち、伯爵邸から出た。
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