第十一話

 直情的になってしまった人が取る態度はなんとなく想像がつく。行為がどうなるのかまでは分からないけれど、態度がどうなるのかは分かる。

 攻撃的になるんだ。

 人間が苛立つと理性の箍から外れて自分中心の世界に入り込んでしまう。そうした、人は自分で自分を止められない。理性が戻ってくるまで、苛立ちが収まるまで、他人に対する攻撃が満足し終えるまで自分の世界で暴れ続けるんだ。

 けど、我を忘れる攻撃的な本能に理性を与えてあげる方法は幾らかある。その一つとして苛立ちの発生と全く関係ない人間が、二人間の感情に介入することがある。こうすれば、苛立ちを攻撃的になっている人が認識する対象は増える。こうなると矛先が増えて、先鋭化された攻撃的態度は鈍って、ほんの少しだけ頭に溜まった熱が放出される。こうなったら説得を試みることだってできるだろうし、それ以前に自分がしようとしていた行動に恥を覚えるはずだ。それできっと危機は解消されて大団円だ。

 ただ、一つだけ懸念することがあるとするのなら、自分の野蛮な行為に恥を覚えない人間も居るっていうとことだ。

 けど、マッシュ君はそういう人間じゃないはずだ。

 経験則と勘による判断でしかないからあんまり信用できないけど、彼はそんな雰囲気を持ってない。制止すればきっとわかってくれる。


「ちょっとちょっと、そういうのは良くないと思うよ。まあ、陰からこそこそ見てた僕が言うのもアレなんだけどさ」


「誰?」


 首を傾げてマッシュ君は僕の台本通りの反応をしてくれる。


「ミサカさんの知り合い?」


「なんで疑問形なんだよ。それで? いや、ああ、そういうこと」


「君、滅茶苦茶物分かり良いね」


 僕の登場によってマッシュ君の無意識の力みは無くなった。その力が込められた拳を認めたマッシュ君は、罰が悪そうに後頭部を掻く。もっとも、これはマッシュ君の力と言っても過言じゃない。物分かりが良すぎるんだ。だから、別に褒めたくなかったのに言葉が出ちゃった。


「物分かりが良いっていうのか? 高一にもなってこいつが悪いと思えない方がおかしいとおもんだけど」


 不機嫌と恥じらいからマッシュ君はポケットに両手を突っ込んで、ミサカさんではなくて僕だけをジッととらえる。

 見つめられるのは慣れてないからこっちも恥ずかしくなる。もちろん、マッシュ君とは違う意味でね。


「世の中にはそういうことがわからない野蛮な人も居るんだよ。けど、君はその分別が着いてる。だから、物わかりが良い優秀な人だよ。僕の目から見た話だけどさ」


「それは喜んでいいことか?」


「良いと思うよ。人に言われたことは素直に受け入れなきゃ」


 顔を少し赤らめてマッシュ君は僕なんかの価値のない言葉を素直に受け入れる。

 それで良いんだ。

 素直で居ることは何より美しいことだから。

 こんな偉そうなことを自分が言っているのは信じられないけど。

 そして、これからさらに偉そうなことを言おうとする自分も信じられない。


「だからさ、優秀な人なら自分のしでかそうとしたことに責任を取らなきゃだよね」


「俺だけがか? あんたも物陰から覗いてたんだったらわかるだろ。それとも知り合いだから擁護してるのか? 頭が良さそうなあんたが?」


「いや、まあ、君の言いたいことはすごくよく分かるよ。ミサカさんの態度はあんまりにも悪かった。誠実に告白していた君の態度を無下にするような態度だったしね」


 実際、どちらに非があるのかと問われれば誰だって、ミサカさんと面識のある僕ですらミサカさんに非があると判断する。マッシュ君の言う通り、ミサカさんの高慢な態度を擁護することは出来ない。

 けど、そうだとしても導火線に火が点いた爆弾を処理するには導火線を切らないといけない。つまり、どっちか一方が折れなきゃならない。じゃないと話は平行線になって、落ち着いた感性は再び着火してとんでもないことになってしまう。

 だから、相変わらず腕を組んだまま怪訝な眼差しで僕らを見比べているミサカさんじゃなくて、良識のあるマッシュ君に謝ってもらわなきゃならない。道理に適ってないし、僕がその立場に置かれたら絶対に謝りたくない。

 でも、プライドを折って場を丸め込めなきゃいけない時だってある。それが今だ。

 あと、こういうのを責任転嫁って言うんだろうけど、マッシュ君だってややこしい状況を作り出した人なんだから責任をとって欲しい。ただそうするだけでこの状況は丸く収まるんだから。


「貴方のことなんて歯牙にもかけてないから謝らなくても良いわよ。そうすることで貴方の安いプライドは保たれるんだろうし」


「ミサカさん。今はちょっとお口にチャックをしておこうか」


 本来は関わらなくて良いはずの僕が何とかこの場を収めようと何とか努力をしてるんだから、ミサカさんも少しは協力してほしい。それとミサカさんの生意気はさっき散々経験したんだから、君も苛立たないほしい。


「これでも俺に謝れっていうのか?」


 マッシュ君はお高く留まるミサカさんを指さしながら、怒りっぽい口調で訴えてくる。

 はあ、面倒くさい。

 折れればそれで終わるんだからそれで良いじゃないか。それがわかっているはずなのに、どうして感情的になるんだ?

 やっぱり人と人のやり取りに首を突っ込むなんて、そして何となく空気を悟ってくれるだろうと他人に適切な行動を取るように願うことなんて阿保らしい。可能性に賭けるなんて意味のないことだって学んだはずだ。だから、言わなきゃいけないことは言いたくなくても、明確に伝えなきゃいけない。

 けど、それは酷く億劫なことだ。

 もっとも、これからのことを考えれば今やっておかないとより面倒くさいことになる。だったら、今やれることを全てやってしまえば良いんだ。


「君、ちょっと耳貸してよ」


「なんで?」


「美少女が耳元で囁いてくれるって思えば役得だろう? だから理由は聞かないで、良いから耳を貸してよ」


「性格悪いんだな」


「そういうのは良いから」


 僕の美少女発言に少しのけ反りながら退くマッシュ君だったけれど、その優秀な天秤をもってして損得を勘定した結果、僕に耳を貸すことを了承してくれた。

 ただ、僕だって女子で人間だ。ほとんど知らない男子の耳元で喋るのは照れ臭いし、緊張する。

 でも、啖呵を切ったのは僕だから言わないとだ。


「ちょっとくすぐったいんだけど」


「うるさいな」


 マッシュ君、だから得意げな顔をしてせかさないで欲しい。

 別にこうして恥ずかしがってるのは君がつけてる香水の匂いだとか、顔立ちとかに魅かれている訳じゃない。ただ単にこんな近い距離で人と話すのが苦手だから緊張して、体が熱くなってるだけに過ぎないんだからさ。

 だから、どうかミサカさん。その蔑むような視線を向けるのは止めてほしい。それは誤解でしかないんだから。偏見に満ちた浅い誤解でしかないんだからさ。


「君がここで一つ男を見せてくれたら、ミサカさんの機嫌もちょっとは収まるはずだ。だからさ、ここで一つ謝ってもらえないかな。君だってミサカさんに惚れてたんだから告白したんだろう。なら、頭を下げることは苦じゃないはずだ」


「……」


「もちろん、君の気持ちが分からない訳じゃない。けど、そうでもしないとあの不機嫌なお嬢様の機嫌はずっと不機嫌なままだよ。そうなると教室の雰囲気も少し悪くなって、君の学校生活が汚れちゃう。だからさ、ここは一思いに、頼むよ」


 どうして僕は人のためにこんな矢継ぎ早に言葉を紡いでいるんだろう。

 しかも、久しぶりに出来た知り合いに醜態を晒してまで。

 何だか酷く馬鹿らしい気分だ。

 大体、なんで僕はこんな頑なに黙ってる奴に譲歩した口調で話してるんだ? いや、それは礼を失さないためだから理解できる。僕が本当に理解しなきゃいけないことは、赤の他人のために譲歩しているっていうことだ。

 今までだったら考えられないし、今でも理解できない。所詮は自分の生活から離れていて、無視していいはずの人間なのにもかかわらず、どうして僕はこうも積極的に関わっているんだ。

 この先に待ってることを知っているのに。

 傷つくことがわかり切ってるのに。


「分かった。その代わり放課後、ちょっと付き合ってくれない?」


 こういう何気ない誘いから関係は壊死していくんだ。関係の腐敗が進めば、結果は分かり切っている。傷口からは膿が出て、そこに蛆虫が卵を産み付ける。それが延々と繰り返されれば、跡形もなく消えてなくなる。

 結果が先に来れば僕だって怖くない。

 でも、結果が先で過程が後になることなんて絶対にない。

 だから、これは断らなきゃいけない。

 過去一、張り切ってやったことが全て拒絶することになったとしても。


「ごめん。それは無理」


 覚悟を決めていても、本心では拒絶してしまう。それだから僕はマッシュ君の表情を見ずに、視線を落としているんだ。精一杯してきたことが無駄になることを恐れているから。


「連れないなあ。けど、まあ、別に良いよ。あんたみたいな美少女にそこまで言われたら、俺だって頭をさげなきゃだし」


「本当?」


「もちろん」


 ただ、物わかりが良くて、とても優秀な彼は僕の想いを汲み取ってくれた。

 この人は多分、ミサカさんの言う通り直情的な人だ。

 でも、良い人だ。

 人のことを思いやれる人格者だ。

 けど、信用はしない。

 いや、出来ない。

 だけど、ありがとう。


「ありがと。それじゃ、よろしく頼むよ」


 すっかりことが収束する方へ向いたことを確認すると、心が弾んで余裕が産まれる。だから僕は見ず知らずの男子の背中を叩いて、あの日から外ではあまり見せてこなかった元気な姿の自分を他人に見せているんだろう。

 昨日とまるっきり違う僕の調子にミサカさんは目を見開いている。僕も驚いてることなんだから、それは当たり前のことだと思う。


「感情的になってごめん」


 でも、僕に驚くのはわかるけれど、せめてマッシュ君の謝罪はまともに見ていて欲しい。こんなに男を見せてくれているんだからさ。


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