第九話

 授業はつつがなく進み、お昼休みになった。食堂の無い高校だから個々の生徒はもっぱら教室でお弁当を食べたり、購買で買ってきたパンとかを食べたりする。

 あと、人目をはばかりたい人は中庭のベンチで食べたり、あるいは珍しく解放されている屋上で食べたりしてる。

 無論、僕は後者の方だ。

 昼食を共にするほど仲のいい人が居ない僕は、基本的に中庭のベンチに座ってる。もっとも、食べない日がほとんどだから昼食を摂ってるっていうのには語弊がある。僕はただ独りぼっちで座っているだけに過ぎない。

 ベンチに体を預けて、空を漂う白雲を眺めながら頭を空っぽにして音楽を聴いているこの時間が好きだ。普段から考えすぎる頑固な頭が休まるような気がするから。もっとも、頭を空っぽにしているような気がしているだけなのかもしれない。現に今もこうして思考してしまっているんだし。まあ、思考の有無の是非を問うたところで意味なんて無いし、この行為を試みようとしている時点で質問の意味はなくなるから自分に問う意味なんて無いんだけど。


「あれ、ミサカさん?」


 視界を地上に移して周囲をぼうっと見ていると、見知った顔がたまたま視界に入った。

 こんな僕でも憩う時間よりも知人の言動の方が気になるときもある。ことさら、今朝みたいな寂しさを僕に抱かせた人の男子を伴う行動になら、なおさら。ゆえに僕は好奇心と形容しがたい苛立ちのために一人の時間を捨てられるんだ。

 マッシュへアで細身の雰囲気だけはカッコいい男子の後ろを、ミサカさんは不機嫌そうな足取りで着いていく。どこへ行くのかと言えば、校舎裏みたいだ。コの字型の校舎の中庭からは容易に行くことができる薄暗くて人気のない校舎裏に。

 なるほど、ミサカさんがモテる話は本当だったんだ。

 きっと、ミサカさんはこれからあの男子に告白されるんだろう。甘酸っぱい青春の雰囲気が漂ってるし。

 一端の女子高校生ならこういう雰囲気に魅かれる。それで興味に魅かれて後を追って告白の行く末を知りたくなる。結果を知ってどうするのかと言えば、会話の種になるんだろうと思う。もっとも、友達の居ない僕がそれを得たところで何にも活かせない。

 けど、興味がないわけじゃない。僕だって例に漏れない女子高生なんだから。

 この格好の瞬間を見逃さないように、いそいそと静かに動こう。僕って目立つし。なるべく隠密にね。いや、でも、僕のせいで告白が台無しになったらそれは僕の築いたものが、瓦解するんじゃ?

 いや、思い立ったが吉日だ。いい加減なことで時間を潰してないで早く動こう。じゃなきゃ、格好の場面を見逃しちゃう。良い場面って言うのはすぐ終わっちゃうから。


「あ……」


 はあ、僕は何回同じことを繰り返すんだろう。

 ずっと座っていた状態から急に立ち上がったなら、貧血の症状は出るに決まってる。体は軸を失うし、視界はブラックアウトして、体は自然と崩れて、膝は地面に着く。吐き気を催すわけでもないし、頭痛もないからこれに特別な嫌悪感とかはない。けど、悪目立ちするし、何よりマッシュ君の告白の瞬間を見逃しちゃう。それだけは避けたい。

 でも、僕はどうしてこうミサカさんのことに躍起になってるんだろう? 昨日今日の仲でしかないのに。それに関係値が同じあの子にも僕は感情の矢印を向けている。

 なら、僕の王国を建設するためにはあの子でも良い。別に悪い関係じゃないんだから、ミサカさんとの関係はそれで置き換えられるはずだろう。でも、僕はミサカさんと違って、あの子の名前を知らないし、知ろうともしていない。つまり、僕はあの子にお熱になってないってことだ。ミサカさんよりも警戒心が薄い人なのに、言い方が悪くなるけど容易く扱える人なのに、どうして僕はあの子に重要な興味が湧いていないんだろう?

 まあ、いくら悩んだところで答えが僕一人の手で見つかるはずがない。自分の王国を自分だけの手で再建できてない時点で、僕の悩みを解きほぐす方法が独力で見つかるはずが無い。それなら、こんなことに悩んでないで今できることをしていこう。視界も開けてきたことだし。

 体はまだ怠い。

 けれど、発破をかければ動いてくれる。


「はあ、まだ終わってないよね」


 余計なことは考えず、ただ興味の赴くまま校舎裏に向かう。

 悪目立ちしてなきゃいいけど。



************


『面白い』、『先が気になる』と思ってくれた読者様、♡、☆を押していただけると作者としては幸いです。



  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る