第五話
「それじゃ、ここでお別れね」
「ここって……。まさか、ミサカさんの家ってこれ?」
「何か問題でもあるの?」
「いや、問題は無いんだけどさ」
人がどんな家に住んでいようが問題なんてあるはずがない。あばら家に住んでいたとしても、豪勢なお屋敷に住んでいたとしても、住居ごときで人のことを判断するは間違っている。だから、ミサカさんの家が二年くらい前に近所に出来た高層マンションだったとしても、それで何かの差別的な感情を抱くことなんて無い。
ただ、驚きはする。
学校で目立つ人が近所に住んでいたんだから。
あと自分の鈍さにも驚いてる。なんたって、僕の家と同じ町内なんだから。一体、どうしてミサカさんがここに住んでるって分からなかったんだろう。
「表情がコロコロ変わるくせに、目は死んだままなのね」
「相変わらず酷いこと言うね」
阿保面を嬉々として見つめていたミサカさんの小さな笑い声は、鈍い僕の心を安々と傷つける。もっとも傷つくと言っても、ささくれ程度の軽い傷だ。
「私の前でそういう顔を浮かべる貴女が悪いでしょ」
「責任転嫁の仕方が雑だよ。まっ、どうでも良いんだけどさ」
笑われた阿保面を緩めて、やけに淡白な態度で雑な応対をしてくるミサカさんを見つめる。態度通りの白けた表情は相変わらず整っている。でも、どことなく面白さも含んでるような気がする。普通から外れた言葉が本気で真実であると思っているそんな実直さが面白いんだろう。
どうしよう面白くて、可愛くて仕方がない。
でも、これはきっと愛玩的な感情なんだろう。ミサカさん自体を見ている訳じゃない。ミサカさんの態度、ミサカさんの反応を楽しんでいるだけ。たった一度だけ僕の中に建設された王国が壊された原因もこれと同じだ。だから、この愛玩を温めることは間違ってる。
駄目だと分かっていることに欣然とすることは良くない。
良くないけれど僕は求めている。
なら、余計なことは考えずに本能に従ってニマニマと笑おう。ここで白けた顔を浮かべるよりかはよっぽど良いはずだから。
「そう、それじゃ。また学校で会いましょう」
ただ、僕の表情が気に食わなかったのか、ミサカさんはぼそりと別れの挨拶を切り出すと、そそくさとマンションのフロントに入ってしまった。
また、嫌われるようなことをしちゃった……。
いや、違う。
ミサカさんは『また』って言ってくれた。つまり、再び僕と会いたいってことだ。
良かった。僕の王国を作ってくれる人はまだ傍に居てくれるんだ。
杞憂に終わった別れは僕の心を温める。気分に左右されやすい僕の足取りは、軽くなってリズミカルに動いてくれる。
普段は絶対に歌わない鼻歌を歌いながら、自分でも驚くほど上機嫌ですっかり日が沈んだ秋の夜道を歩く。落ち着いた気温と心地よい風が僕の体を包み込んで、僕の内面に湧き上がる歓喜を昂らせてくれる。
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