第四話


「それでミサカさんは僕と友達になってくれるの?」


「どうかしらね。明日明後日の私の気分次第よ」


「ちぇ」


 あの後、僕らは何らかの流れに流されるまま一緒に下校していた。いつもは独りぼっちで、スキップしながら帰っていた僕の傍らにはミサカさんが歩いている。一人だけでも楽しかったけれど、隣に誰かが居る方が良い気分だ。


「ところで聞きそびれていたんだけど、貴女の名前を教えてくれるかしら」


 ただ、ミサカさんは急に立ち止まって、中々に傷つく質問を投げかけてくる。


「僕の名前知らないの?」


「ええ、知らないわ。だから、教えてくれない?」


 いただけない質問を前にすると、どんなに浮ついた足取りも重くなる。頭一つ身長の違うミサカさんと物理的に目が合っちゃうほどには、頭が垂れてしまう。

 それなりに有名人だと思ってたのに、知られていないとは。もっとも、他人の評判を当てに勝手にうなだれるのは良くない癖だ。自分のことくらい自分で言って見せないと。

 凛とした普段の風采からは考えられないほど可愛らしく首を傾げるミサカさんの綺麗な双眸を真摯に見つめる。それから、オリエンテーション以来の自己紹介の言葉を紡ぎ出す。


「フルタミサヲだよ。よろしくね」


 にこりと笑って、僕はフレンドリーに右手を差し出す。

 

「フルタさんね。改めて、ミサカリョウよ。よろしく」


 でも、僕の手が握られることは無かった。

 まだ僕とミサカさんの間には距離があるみたいだ。一緒に帰っているんだから、今更距離のことを考えなくてもいいのに……。

 いや、僕にとっては考えなくて良いものだけれど、ミサカさんにとっては人間関係を作る上で考慮しなければならないことなのかもしれない。なら、配慮の足りないこの手は引っ込めよう。


「こちらこそ、よろしく」


「ええ、よろしく」


 淡白な返事をするとミサカさんは僕が歩き出すのを待たずに、一人で歩き始める。一緒に帰っているっていう認識のはずなのに、人を置いて行くなんてあまりにも酷い。もっとも、普段から人に置いて行かれることを経験してこなかったから、どうして酷いのかはよく分からない。人の付き合いを拒絶してきたからこんな簡単なことも分からない。

 いや、分かるはずだ。少なからず小学校の頃は人と付き合ってきたんだから。もっとも、思い出そうと思っても思い出せないんだけど。記憶に蓋をしたせいだ。

 でも、引っ越したあの子との記憶はその陰影だけ残ってる。

 ただ、鮮明には分からない。 

 あの子、今何してるんだろ?

 まあ、こんなこと考えるのは無駄だ。不鮮明な記憶を見るよりも現実を見よう。

 今は充実している時間なんだし。

 

「それで?」


「それでって?」


「貴女はどうして私と同じ道を歩いているのかしら?」


 ミサカさんは急に立ち止まると、くるりと身を翻す。そして躊躇いなく僕に近づいてきて、僕の胸を指で小突いてくる。

 突然の行動と心無い問いかけは、浮足立つ僕を崖から突き落とした。


「僕たち一緒に帰ってるんじゃないの?」


「それは貴女の主観でしょ? 私からすれば貴女が私の家まで理由もなくついてきてるって認識なのよ」


「ええ、じゃあミサカさんからしたら僕ってストーカーってこと?」


「よく分かってるじゃない」


 肩を落としてうなだれる僕と相反する爽やかな笑みを浮かべる。この人に人の心はあるんだろうか? 少しくらいは僕の心を慮っても良いと思うんだけど。


「でも、ミサカさん。僕の家もこっちなんだ。残念だったね」


「……そう」


 せっかく一緒なのに明らかに落ち込むのは酷いと思う。

 でも、無下に扱わないから別に良いか。直接的な危害もないし。


「だからさ、そんなひねくれたこと言ってないで一緒に帰ろうよ。人といた方が幸せも多いと思うしさ」


「友達が居ないのによく言えるわね」


「すごいこと言うね」


 ただ、ズバズバと本音を言われるのはさすがに傷つくし、腹が立つ。言って良いことと悪いことの分別が着かないのは、顔が良くても許されない。だから、許されないことを知らせてあげないとだ。


「それなら、ミサカさんも一緒じゃん」


「一緒? 私と貴女が?」


「うん。ミサカさんだって友達いないでしょ。学校でも孤立してるって噂だしさ」


 事実を言うとは思っても居なかったミサカさんは、目を丸くして僕を見つめる。驚愕の表情って言うのはこういうことを言うんだろうと思う。

 意識を回せない表情なのにミサカさんの顔は綺麗だ。全部が整っていて、この一瞬間ですら肖像画として描けそうだ。そんな美しい顔を僕の言葉で作れたことに僕は達成感を覚えてしまう。きっと、この意識が抜けたミサカさんの表情を見たのは、学校中探しても僕だけだと思う。それがたまらなく嬉しい。いま、この瞬間のミサカさんは僕の手にあるんだ。


「……ごめんなさい。改善するわ」


 自らの言葉の刃に気付いたミサカさんは、視線を僕から外して自分の足元をジッと見つめる。そして、重苦しく沈んだ声音で謝ってくる。

 高圧的な人の弱った声音は僕に得も言えない満足感を与えてくれる。

 真っ黒で粘性のあるタールのような満足感が僕の中に広がる。


「良いんだよ。気にしてないし。とりあえず、早く帰ろうよ」


「そうね。暮れかかってきてるし」


 顔を上げたミサカさんの顔に暗い影は落ちていなかった。

 意地汚い僕はさっぱりとしたミサカさんの微笑に小さな落胆を覚えた。僕だけの王国を求めるために必要な人に抱いてはいけない感情の醜さを嫌悪しながらも、僕は微笑を顔に貼り付けた。

 そして濃藍の空の下、感性に従った醜い感情を隠す僕は、美しい人と談笑を交えながら歩き出す。きっと良い時間になるだろう。



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