第11話 リヴァルとのティータイム(中編)

「エルナンド様の即位について何か詳しい話を聞いてらっしゃる?」


 やっぱりそのお話ですか?


 まあ、気になるのは当然ですものね。


「さあ、私としてはイスマイル様の家門がノヴィリエナより上に行ってもかまわないのですが……」


 私はやんわりと言葉を濁しました。


「ノヴィリエナ公爵と皇帝陛下の意見がまとまらないようですけど、どちらを選ぶかによって変わるのはイスマイル様の処遇だけでしょう。だったらどっちを選んでも問題がなくなるいい方法がございますわ」


「……?」


「アレンディナとイスマイル様が結婚すればいいのですわよ」


 リヴァルの意見に私は口に含んだお茶を吹き出しそうになりました。


「えっ、あの、いや、イスマイル様はあなたと?」


「ああ、皇后になれるのなら結婚してもいいかなと思いましたけど、皇太子の座を辞するというのなら、私には彼との結婚によるメリットはありませんわ」


 結婚においても徹底的に利を求めるその姿勢。

 ある意味感服いたしますわ。


「別に計算だけでイスマイル様との縁談を進めるのをもうやめようというのではないですわ。アレンディナ、あなた、つい最近もイスマイル様から絵のモデルを頼まれたのではなくて?」


「ええ、まあ……?」


 実はイスマイル様は、皇帝陛下のただ一人の息子としてお生まれになりましたが、芸術家肌で特に絵を描くのがお好きでした。


 十歳くらいのときにはすでに大人顔負けの絵を描かれるようになり、私も時々モデルを頼まれました。


 芸事は貴族のたしなみとしてうまいに越したことはないのですが、イスマイル様の場合、打ち込み方がたしなみの域を越えていました。

 逆に皇帝に求められる政治的素養には乏しく、また、剣や乗馬の腕も努力しても普通レベル以上には、残念ながら上達されなかったそうです。


 だからこそ、皇帝陛下はわが兄を警戒しておりました。

 プレトンシュに肩入れし、長女のリヴァルをイスマイル様の妃にと望んでらっしゃいました。

 彼女はイスマイル様の欠点を補うことができるほどの現実主義者で、領地経営についても的確な助言を父親にするほど政治的センスのあふれた方です。


「あなたとプレトンシュ公爵がついていれば、イスマイル様でも何とか皇帝をやっていけると思っていたのですけどね」


「それがね、皇帝になるための教育のせいで絵を描く時間を削られると、イスマイル様ってどんどん無気力になっていくみたいで、皇帝陛下もその様子を見て、彼に後を継がせるのを断念したそうよ」


「そうだったのですか」


「それでね、皇太子を降りて自由に絵を描けるようになったイスマイル様、さっそくあなたにまたモデルを頼んでいたでしょう」


「ええ、確かに。そういうことだったのですね」


「くすっ、あなたって絵心のある方々からよくモデルを頼まれているから、イスマイル様の『依頼』もその程度にとらえているのね。だけどね、私と婚約がまとまりそうな時でも、私はイスマイル様にモデルを頼まれたことはないわ」


 そうなのですか?


 リヴァルは決して器量の悪い方ではありません、むしろその逆。

 

 長くまっすぐなダークヘアに黒曜石のような瞳、それらを引き立たせる白い肌。


「皇后になれるならやりたいこともあったけど、別の誰かさんを心の中で崇拝しているような殿方と結婚するのなんて御免ですわ」


「なるほど、リヴァルの気持ちはよくわかりましたけど、だから私がイスマイル様とというのは……」


「そうですわね。確かにそれはお二人のお気持ち次第ですわね。では、それはおいておくとして、エルナンド様の女性の好みって知ってらっしゃる?」


 ええっ、兄の好みって? 


 リヴァル今度はお兄様に照準を当てたの?


 ちょっと切り替えが早すぎませんか!


「さあ、聞いたことありませんから……」


「そうね、兄妹でそんな話はしないのかもしれませんわね。ならば相談ですが、今回のお茶会の御返しも含めて、これからはちょくちょく私をノヴィリエナ邸に招待してくださらない」


 悪びれずにっこりと笑うリヴァル。


 まあ、たしかに兄が皇帝になったら皇后として一番ふさわしいのは彼女かもしれませんが……。


「皇帝陛下やお互いの父親がいろいろもめているみたいだけど、そんなのほっておいて、娘の私たちは交流を深めていけばいいじゃない」


 はいはい、露骨な兄狙いの下心ですわよね。


 でも、子供の頃はマリアンネも含めて、公爵家の令嬢は私たち三人しかいないから、パーティとかではよく一緒にいたのよね。

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