第3話 帝国公女アレンディナの疾走

「アレンディナ・ド・ノヴィリエナ、婚約破棄を宣言する!」


 まさか衆目が集まる場であのような宣言をされるとは。


 ほんの数十年まで外国だった地域の風習はわからないものね。


 それとも、ヴァカロ様だけが帝国育ちの者から見て常識はずれだったのかしら?


 とにかく、あの宣言には肝が冷えました。

 

 エストゥード地域のやり方はどうあれ、帝国側の解釈からすれば、皇帝にかなり近い序列の公女が公衆の面前で恥をかかされたのです。このことを帝国が知れば、すぐさま帝国軍がかの地へ派遣されエストゥードは蹂躙されるでしょう。


「急ぎましょう、公女殿下!」


 帝国から同行した侍女や護衛騎士たちも分かっているようです。


 私はすぐさま夜会服を脱ぎ、動きやすい衣装に着替えて外套を羽織り、帝国家臣団がひそかに王宮の裏門に着けた馬車に飛び乗りました。


 私たちがひそかに王宮を離れた時、パーティはまだ続いていました。


 できるだけ早くこの地を離れ帝都につき、皇帝陛下にじかにお話ししてエストゥードそのものへの軍事行動だけはやめていただかなければなりません。


 侍女と騎士が一人、私がいなくなったことをゴマかすための要員として王宮に残ることになりました。

 誰かが部屋を訪れたなら、公女は休んでいると言って取り次がず、できるだけ遅い時間まで不在がばれないようにして、自分たちもうまく王宮を脱出する、そんな難しい役目を負ってくれた者たちです。


 どうか無事に王宮を抜け出し、私たちに追いついてくれますように。


 夜陰に紛れ私たち一行は馬車を走らせました。


 エストゥードから隣のオポトニスタまでは、休憩もはさんだ普通の行程の場合、約一日半かかります。


 オポトニスタも、王太子の姉ホアナの嫁ぎ先と縁続きなので油断はできません。

 この家に嫁いだマリアンネとは仲が良かったのですけどね。


 今は信用せず、この地もできるだけ早く通り過ぎねばならないでしょう。

 その行程にも約一日。


 その先には伯爵や子爵クラスの小さな領地がいくつかあり、そこを過ぎればノヴィリエナの領地に入ります。


 全行程約二日半から三日。


 私は馬車の中でうたたねくらいできますが、馬を駆る騎士たちは三日三晩不眠不休です。


「鍛えていますのでお気になさりますな」


 騎士長はそう言ってくださっています。

 ありがたいことです。



 二日目の夕方にうまく抜け出したごまかし役の侍女と騎士が追いついてくれました。

 本当に良かった!



 三日目の明け方ようやくノヴィリエナの領地に入りました。

 入ってしばらくすると迎えの者たちがやってきました。


 すでに早馬を飛ばし事の次第は領地に知らせておきましたし、収穫期なので兄か父が領地にいるはずでしたから。


 城につくとくたくたの騎士や侍女を休ませ、私もまず湯で体を清めました。


 そして食事をとっている最中、父と兄が入ってきました。


「知らせは読んだ。どうも理解しがたいのだが……」

 

 父がまず言いました。


「ヴァカロ様の振る舞いに対する理解はおいて、とにかくあの方が私との婚約解消を望んでいることは確かなようですわ」


「それはエストゥード地域の総意と見ていいのか?」


「違います。だから穏便に婚約を解消するすべを模索せねばなりません。あの場には私が連れてきた家臣団以外にも帝国関係者がいました。その者たちから皇帝陛下におかしな形で伝われば、せっかく平和的に合併したというのに、かの地が戦火見舞われてしまいます」


 父はあごひげを撫でながら考え込みました。


「それにしてもよく帰ってこれたな、アレンディナ」


 続いて兄のエルナンドが私に声をかけました。


「はい、ことの深刻さをエストゥード側がわかってないことが幸いしました。あれは帝国への宣戦布告と解釈されても仕方のない行為です。それがわかっていれば、帝国の軍事行動をけん制するために私は人質としてかの地にとどめ置かれたでしょう。しかし帝国にとって大事なのは傷つけられた誇りを取り戻すことであって、私の生死はどうでもいいはずです」


「ああ、いまいましくもアレンディナとかの地の王太子の婚約を強行にまとめようとしたプレトンシュ公爵など、嬉々としてかの地へ攻め入ろうとするだろうな」


 そう私の婚約は帝都内の権力争いの結果決められたものだったのです。


 家格の高さから言うと第二位のプレトンシュ家にとっては第一位のノヴィリエナ家は何かと目障りなそんざいだったのです。


 帝国では女性も皇位継承権を持ち、私は父や兄に続いて第四位。

 プレトンシュとしては、一人でも我が家の皇位継承権を持った人間を減らしたいが故に、あの縁談をまとめたのでしょう。

 

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