第2話 属国王子ヴァカロの怒り
なんなんだよ、あの帝国公女の使えなさは!
義姉がはるばる帝国から久々に帰郷するんだぞ!
もてなしの準備くらい未来の王太子妃が何とかしろよ!
わがエストゥード王家は父王の代に帝国の傘下に加わったのだが、わが父ながらうまい具合にわれらが国土を帝国に売りつけたものだ。
その見返りに、姉のホアナは帝国において皇帝の次に位の高い公爵家の一つに嫁ぐことができ、僕も帝国公女を妃として迎えることとなった、帝国がいかにわれらに気を使っているかわかるというものだ。
アレンディナは『帝国の薔薇』と称えられるだけあって美しい公女だが、いつまでも帝国風を吹かすのが鼻持ちならない。
そして三年ぶりに姉のホアナが帝国から帰ってきたときにやらかしやがった。
姉が怒るのも当然だ。
いつまでも帝国公女面して、もてなしの準備もしなかったことの言い訳ばかり。
姉が激怒して扇で顔を叩きつけたが、義兄は慌てて帰ってしまった。
なぜなんだ?
帰ってきた両親にこの件を報告すると二人は顔色を変えて、アレンディナの部屋へと向かった。
アレンディナめ、きっと、お説教を食らっていることだろう。
そして後日、謝罪と埋め合わせを要求する姉上の手紙をアレンディナに読んでやったのだが、
「私が謝罪しなければならない理由が全く見当たりませんけど、教えてくださいます」
と、ぬかしやがった。
「だから、もてなしのフォローがなかったことに……」
「視察の真っ最中で、ホアナ様達の饗応の準備に避ける時間はないとお伝え申し上げましたわよね」
「それでも、やってくれたらいいだろう」
「あなた様が引き受けたことでしょう。しかも家臣たちに尋ねたら、料理の内容も会場の飾りつけや音楽家の手配もみな丸投げで何もしなかったそうですね」
「……ぐっ!」
「この時期は収穫前でワインも私たちが普段食事で飲むものしか王宮にも残っておらず、とても他所の貴族の方々を迎え入れる状況ではないことぐらい、ヴァカロ様もホアナ様も分かってらっしゃると思っていました。それでもあえていらっしゃるのは、やはりお身内同士会いたいのだろうと理解しておりましたが、まさか社交シーズン並みにもてなさないことに苦情を申されるとは……」
「おい、さっきから聞いていれば、なに姉上を下に見るようないいかたをしているんだ! 姉上が怒っているのはそれだけじゃないんだぞ。そなたが使っている最上級の客間をなぜ姉上たちに明け渡さなかったんだ!」
「こちらに来て半年、あの客間には私の荷物がたくさんございます。結婚式の後、夫婦の部屋に移るための引っ越しならともかく、数日間の姉上様の滞在のために引っ越しをしろとは、無茶ぶりもたいがいになさいませ。そのようなことに家臣の労力を割ける時期でもないでしょう。そもそも明け渡さなければならない理由がありません」
く~っ、なんなんだ、この生意気さは!
僕は踵を返し、アレンディナの元から離れた。
絶対に後悔させてやる!
僕や姉上を含むエストゥード王家に反抗的な態度をとったことを!
それから僕はアレンディナの存在を全く無視し、王宮に集う若い淑女たちと親しく交際することにした。
彼女らの何人かとは、アレンディナと結婚後、愛妾にしてやることを約束した娘もいる。
涼しい顔をしていられるのも今のうちだ。
見ていろ、さらに目にもの見せてやる!
そして我が領内でも秋の収穫が終わり、王宮にてパーティが開かれることとなった。
そのパーティで僕はアレンディナ以外の女性をエスコートし、その女性を愛おし気に腰に抱いて高らかに宣言する。
「アレンディナ・ド・ノヴィリエナ! そなたはこの国に来て半年、しかし、王太子妃となる自覚に乏しく義姉であるフラティール公爵夫人にすら無礼を働く始末。そのような者にエストゥード王家の妃となる資格はない、よって婚約破棄を宣言する!」
言ってやった!
ぷっ!
顔色が変わっているぞ。
周囲の人間も青ざめているがな。
僕は言うべきことを言ったまでだ。
「婚約破棄の件、この場にて決めることはできませぬゆえ、どうか新年に王家の皆様が帝国に集うまでお待ちいただけますか?」
アレンディナはひざを折りうつむいて、僕に懇願した。
「お願い申し上げます」
くくっ、必死だな。
そうだ、そうやって殊勝な態度で、これまでの行動を改め謝罪すればいい。
僕とアレンディナがやり取りをしているところに父がやってきて割って入った。
「アレンディナ公女! 愚息の言うことをお気になさらず、どうか……」
「いいえ、ヴァカロ様の宣言は重うございます。私も考えることがございますので、どうか今しばしのご猶予を」
「ヴァカロの言うことはエストゥード領の総意ではございませぬゆえ、どうか……」
「あらあら、パーティの雰囲気が台無しですわ。私がいては皆さまの楽しむ気持ちに水を差すようですし、今宵はこれで退出させていただきます」
アレンディナは軽やかにターンをし会場から去っていった。
気取っていたが、いたたまれなくなって逃げだしたのは丸わかりだ。
素直に詫びて僕にすがれば許してやらないことはない。
妻を従順にさせるには最初が肝心、昔の人は良く言ったものだ。
達成感に浸っていた僕は、父や母、そして家臣団が青ざめ、そしていそいそと退場する者が後を絶たないことに最後まで気づかなかった。
その翌日、前日がパーティで夜遅かったので、王宮の者が起き出して活動する時間もいつもより遅い。
そのせいで昼過ぎまで気づかなかったのだが、アレンディナと彼女が連れてきた帝国の家臣団が王宮から姿を消していたのだった。
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