第49話 バカンスどころか

エリーズ・バジューはその日の内にラ・バスティード・ドゥ・ラマチュエルに到着した。アムステルダムからニースまでは飛行機で2時間程だが、それでも大した行動力である。これは主人マダムへの忠誠心というより、せっかくなので久々に自分も南フランスでバカンスと洒落込もうと思っての事ではあるが。


コンシュルジュから主人の居場所を聞いてセラピールームへ向かう。当然主人は裸のままうつ伏せになって施術を受けていた。


──相変わらずお綺麗な身体

主人は黒髪に黒い肌だが、身体的な特徴からは何系の人種かは判別しづらい。ユダヤ系と西アジア系の混血と言われればそう見えなくもない。どちらにしても同じ女から見ても魅力的な女性だし、失礼ながらとても経産婦とは思えなかった。


「説得には応じませんでした」

エリーズは短くそう報告した。そうしてしばらくそのまま待った。


「エリーズ」

主人はうつ伏せのままエリーズを呼んだ。


「はい」

エリーズも短く応える。


「レオンの近くに連絡事務所を設置しなさい」


それはつまり「エリーズに」日本に連絡事務所を作れ、という意味であり、もちろんハイできましたで済むわけがなく、つまりエリーズも日本に赴任しろという命令なのである。えー!あんなところ行きたくなーい!いーやーだー!


「かしこまりました」

しかしエリーズは内心の不満などおくびにも出さずに命令を受託した。それが次世代リーダーの一人と目されているエリーズ・バジューという女だった。

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