第35話 和樹の娘

「じゃあ頼むよ」

和樹はコンシュルジュにそう言ってホテルを出た。


「いってらっしゃいませ」

コンシュルジュは恭しくそう言って首を垂れた。その一礼はコンシュルジュの職務に収まった範囲での、最大の敬意を表していた。彼もまた庶子の一人なのだ。


タクシーに乗り、いくつか川を越えて約束のカフェに向かう。まず大丈夫だと思うが、万が一にも悠里に見つかると誤解を招きそうなので、ホテルからかなり離れたところで待ち合わせをしている。カフェに着くともう彼女が来ていた。


「久しぶりねパパ」

眼鏡で目立たないようにしているが、長い金髪の美女が和樹に声をかけた。


「久しぶりだねエリーズ」

和樹は何十年ぶりかで会う娘にそう声をかけた。いやもっとか。


「わざわざ日本からありがとう」

エリーズ・バジューはそう言ってにっこりと笑った。初めて見る人なら美女の魅力的な笑顔に見えるだろうが、父として和樹はその笑顔の意味を知っていた。


「面倒事は上の世代に押し付けろ、か」

和樹はコーヒーを頼みつつそう言った。


「とんでもない。栄光の第三世代にご協力頂きたいだけですわ」

そう言ってエリーズはビジネスライクな笑顔を浮かべた。何が栄光の第三世代だ、と思ったが和樹は口には出さなかった。


「それで?その彼とはいつ会えるのかな?」

和樹はファン・ソーメレンの事を孫とは言わなかった。


「明後日の13時から30分と」

エリーズは微苦笑を浮かべてそう言った。


「それは随分と時間を作ってくれたんだろうね」

和樹は口を歪めて言った。祖父だの系統の長だのを持ち出すつもりはないし、あちらも忙しいのだろうが、30分で何を説得しろというのか。


「そこはパパの威厳の見せどころよ」

エリーズはまた娘の口調に戻って適当な事を言った。そういうところはアンヌとよく似ていた。いや僕らの系統かな?僕らみんな適当だし。


「本当に僕の孫なの?」

和樹はエリーズに一応そう訊いた。


「ええもちろん」

エリーズはにっこりと笑ってそう言った。


「お祖母様の名前はクロエ・バルテル」

エリーズは笑顔を浮かべたまま、さりげなく和樹の顔を覗き込んだ。


「覚えがない」

和樹は正直に言った。それに、


「フランス人?」

名前からの推測だが間違いないだろう。オランダ人じゃないの?


「ええ、詳細は不明だけど1800年前後に亡くなってるって」

名前よりその年代で和樹には察するものがあった。


「……まさかあの時の……!?」

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