座敷童子はかく語る

佐倉満月

 流行り病で両親が亡くなり、近くに親戚もいない僕は母の田舎を頼ることにしました。

 人里離れた山奥にぽっかりと開いた穴のような村。村長さんをはじめとした村人達は、突然現れた余所者の僕を手厚くもてなしてくれました。事情を話すと涙を流しながら「大変だったね」「村でゆっくり過ごすといい」とあたたかい言葉をかけてくれました。人のぬくもりに触れたのはいつ以来でしょうか。僕はつい涙ぐんでしまいそうでした。

 出された豪勢な料理の数々から、村がかなり栄えていることが伺えました。両親が生きていた頃から貧乏だったので、久々にお腹いっぱい食べることができました。

 お腹が満たされたからか、いつの間にか眠りに落ちていたようでした。寝返りをうった床の硬さに、ふと目が覚めました。自分はきちんと布団に寝れただろうか。意識を手放す前の記憶が曖昧です。暗闇に目が慣れてくると、ぼんやりとですが全景が浮かび上がってきました。

 三方は土壁で囲まれており、唯一壁ではない一面は木の格子で隔てられています。僕が横たわっていたのは布団などではなく、紛れもない牢でした。何故、どうして。僕は混乱して何度も格子を叩いて揺すりましたが、びくともせず、誰かが来る気配もありません。

「うるせえな、おちおち寝られねーじゃねえか」

 諦めきれずに格子を揺らして喚いていると、暗がりの奥から声が聞こえました。若い男の声です。僕とさして変わらない年代、ともすると少年に近いかもしれません。

 心細かったのでしょう、独りでなかったことが嬉しくて、僕は顔も知らぬ相手にこれまでの経緯いきさつを話していました。

「そりゃ失敗だったな。こんなロクでもない村、帰らない方が良かったんだ」

 彼は何かを知っていそうです。闇に向かって、あなたは誰なんですかと尋ねました。

「お前と同じ、哀れな生贄だよ」

 男の声には諦観が篭っていました。生贄とはどういうことでしょうか。男は鼻を鳴らして答えました。

「この村が栄えてるのは知ってんだろ。ありゃあな、座敷童子がいるからなんだ。座敷童子って知ってるか?」

 僕は頷きました。確か、福の神の一種で、座敷童子がいる家は福を授かるのだと母に聞いたことがあります。

「この村は山奥の辺鄙なところにあるだろ。そんなもんだから一年中生活が苦しかった。ここの連中はな、生活を豊かにしようとてめーらで福の神を作り出すことにしたんだ。村の鼻つまみ者や村を訪ねた旅人を神に祀り上げて、な。この座敷牢はな、そいつらを閉じ込めて座敷童子を作り出す祭壇なんだよ。この村は沢山の生贄を犠牲にしてずっと栄えてきたんだ」

 僕は絶句しました。人を神にする。その意味が解らない年齢ではありません。殺したのです。自分達の利にするために。

「特にアンタみたいに村の外から来た人間は奴らにとって格好の餌だ。客人まれびとは元から神に近い存在だから神に仕立てやすいんだとよ。アンタも村に来て丁重にもてなされたんじゃないか? 腹いっぱい飯食わされて、急に眠くなっただろ。奴らは薬を盛って、客人まれびとが寝こけてる間に神社の地下の座敷牢に閉じ込めるんだ。それからは食い物も与えずに神に成るのを待ってる。さっき食ったのがアンタにとって最後の晩餐ってとこだな」

 村人達が僕をあたたかく出迎えたのも、豪勢な料理の数々も、僕を座敷童子に仕立て上げる儀式の一つだったのでしょう。笑顔の下に隠した村人達の醜い素顔に吐き気がしました。

 ふと、恐ろしい考えが頭を巡りました。母は故郷の暗部を知っていたのでしょうか。

「クソみてえな村人の中にもまともな感性の奴はいる。お前の母ちゃんが村を出たのはそういうこったろ」

 男の推測に僕は胸を撫で下ろしました。恐らく母は村のしきたりに反発して出て行ったのでしょう。僕が村を頼ったのも、母の遺品を整理していて戸籍を見つけたからでした。母の思いを無駄にする前に、どうにかここから逃げ出さなければ。

「おう、その意気だ。村の連中は閉じ込めるだけで寄りつきもしないから気づかないが、脱出するための穴を掘った奴がいる。そこの茣蓙ござを避けてみろ、そこから逃げ出せるはずだ」

 男に言われた通り茣蓙を取り払ってみると、辺りを包む暗がりよりも更に深い闇がぽかりと開いていました。

 僕は一緒に逃げよう、と誘いました。ここにいるならば彼も被害者です。どれくらい閉じ込められているかわかりませんが、彼だって外に出たいはず。

「俺はいい。ここに長くいすぎた。それに、ここの連中に一泡吹かせてやらねーと気が済まねえんだ。だから、お前だけでもさっさと行きな」

 目が闇に慣れても、彼の顔は暗がりの中見えないままでした。

 僕は礼を言うと、穴の中を這って必死に逃げ出しました。口や目に土が入ろうが構いません。このまま殺されるよりはマシでした。長く狭い通路は産道を連想させました。僕は命からがら、村からの脱出を果たしました。穴から出た時は生まれ変わった心地がしました。

 それから働き口も見つけてどうにか平凡な生活を送れるようになった頃、風の噂で母の故郷の村がなくなったと耳にしました。日照りによる飢饉と流行り病が重なり、村は全滅したようです。旅人が立ち寄った時には腐った死体の山で酷い有り様だったと聞きます。村への道は封鎖され、今はもう出入りすらできません。

 あの時、脱出を果たした僕は外からもう一度牢へと戻りました。鍵を開けるためです。鍵は見つかりませんでしたが、村の中で手頃な鎌を見つけたので、それで鍵を壊しました。去り際に、鍵は壊したから君も早く逃げて、と牢の中へ声をかけました。

「ありがとうよ。そう言ってくれたのはアンタが初めてだ」

 座敷童子は棲み着いた家に福を齎しますが、座敷童子が去るとその家は不幸になると伝えられてます。座敷牢の彼は、無事に逃げ出すことができたのでしょう。

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