第13話 運動会
「それじゃあ行ってきます」
「気を付けてね」
片づけをしている母親に挨拶をして家を出る。
加藤がいなくなってから、俺の学校生活は平和そのものだった。
今日は運動会当日、あまり練習には参加出来てなかったけど、楽しみな行事でもある。
他にも楽しいことはある。
俺は家を出てすぐの角を曲がると、彼女が待っているのを確認する。
「おはよう、雄太君」
「アヤメさん、おはようございます」
あの日から、俺がアヤメさんに告白してから一緒に登下校するようになった。
学校から家までの距離がアヤメさんの方が遠いということもあって、いつも俺の家に来てもらっている。
ここは男として迎えに言ったほうがといったのだが。
「乙女は色々と時間がかかるんだよ、あと両親に会わせるのは恥ずかしいじゃないか」
アヤメさんの両親は朝が早いらしく、一緒に家を出ることが多い。
そんな中で鉢合わせるのは嫌とのことらしい。
いつも引っ張ってもらってばかりのアヤメさんの意外な一面に少し嬉しくなった。
手はいつも握っている。
最初は恥ずかしくてまともに目も見れなくて、アヤメさんに覗き込まれてにや~と笑われたり、からかわられたりした。
今でも、まだ恥ずかしい。多分俺はいつも顔が少し赤くなっていると思う。
そんな俺をいつもアヤメさんは優しい顔で笑ってくれる。
他愛のない会話、あの日からそういったことはない。
相変わらず抱き着いてきたり、腕を絡ませてくることがあるけど、俺は我慢している。
どうしてもというときは家で一人思い出してしている。
そんなことを考えてたせいか、ちょっと大きくなってきてしまった。
俺は空いている左手でポジションを入れ替える。
それを目ざとく見ていたアヤメさんがまたニヤニヤと笑ってくる。
「朝からお盛んだねえ、そうだちょっとこっち来て」
そう言って俺を人がいない路地に手を引っ張て行くアヤメさん。
また何かいたずらされるのかな、俺は嬉しさと怖さがない混ざった感情を胸に着いていった。
狭い建物の間、通り過ぎる人はいない。
その建物を背に俺は立たされると、アヤメさんが両手で壁ドンするように俺の顔の両側に手を置く。
俺より少し背の高いアヤメさんが腰を曲げて俺の顔の前にアヤメさんの顔が来る。
豊満な胸元がちらりと見える。
「どこを見ているのかな?」
アヤメさんの問いかけに俺は急いで目線を元に戻す。
目の前には綺麗に整ったアヤメさんの顔。
その少し吊り上がった目は違う人が見ればきついと思うかもしれないけど、俺にはその奥に潜む優しさが感じ取れる。
まつ毛は長く、綺麗にカールされている。
天然でこれなのかなあ。
告白したときからしていない、その唇から吐息が漏れる。
「こっちを見ておくれ」
そういうアヤメさんの目がずっと俺を見ている。
瞬きもしないその目は、吸い込まれるように俺を虜にしていく。
何分たっただろう。
そうしている時間は短かったはずなのに、いつまでもこうしていたいと思った。
そんなことを考えていると静かに目を閉じたアヤメさんの顔が近づいてきた。
ちゅっとアヤメさんの唇と俺の唇があたった。
「今はここまで、もっと期待してた?」
「――――別にっ!そんなんじゃないですよ」
嘘だ。こんなところまで来て何もないなんて。
俺は先程よりも固くなったそれを強引にベルトに押し付け見えないようにする。
「今日は運動会だろ?その前に疲れるようなことはしないさ」
それは、終わったら……。
「ふふ、今日は頑張ろうね、違う組だけど」
今日の運動会の縦割りは4クラスで別れている。
残念ながらアヤメさんとは違う組になってしまった。
応援、したかったなあ。
「表立っては出来ないけど、しっかり見て応援してるから頑張ってくれよ」
「はい、アヤメさんこそ、頑張ってください」
「当然だろ? 私は文武両道なんだから」
アヤメさん、勉強も出来るし、運動も得意だ。
生徒会長をやりながら部活は大変だからと運動部には属していないが、部活の助っ人や駅伝のメンバーに選ばれたりもするスーパーマンだ。
本当なんでこんなすごい人と付き合えているのか、少し前の俺に話しても信じないだろうなあ。
運動会はアヤメさんのいるクラスが優勝した。
最後のリレーのアンカーでは、三位でバトンを貰ったアヤメさんがごぼう抜きして一位を取った。
真剣に走るその姿はただただ美しかった。
あとよく揺れていた。
いかんいかん、最近すぐそういうところに目が行く。
そうじゃないんだよ、俺がアヤメさんを好きなったのは。
もちろん外見も素晴らしいけど、内面がいいんだよ。
誰に対しても物怖じしない胆力、問題を解決する実行力、そして皆に好かれる明るい性格、非の打ちどころのない人だ。
でもやっぱり少しエロい。
俺は誰に言い訳しているんだか。
煩悩を振り払って表彰式を見送る。
三年生の人が代表になって賞状を受け取る。
少しぎこちなかったクラスメイト達とも、打ち解けられた気もした運動会だった。
閉会式が終わり、教室に帰ろうとしたとき、下駄箱の付近でアヤメさんが立っていた。
誰かを探しているような感じの彼女が俺を見つけると近寄ってきて、耳元で囁いた。
「放課後、体操服のまま体育館に来てくれないか?」
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