第12話 愛というにはあまりにも重く

「今日は放課後暇かい?」

「暇ですけど」

「一緒に帰らないかい?」

「いいですよ」


 突然のアヤメさんのお誘いに俺は当然了解と答える。


 お昼に俺達がいつもご飯を食べに行ってるのは皆知っている。

 だから俺達が一緒にいるのは割と普通になっている、だからかたまに二年生からの視線が痛い。

 最近は生徒会にも入ったものだから、遠巻きに見てくる男子の視線が辛い。


 そりゃそうだろう。

 自分たちの学年の可愛い子が、知らない一年生(俺の場合悪い意味で知られてるけど)と仲良くしている姿など好き好んでみたいと思うわけない。


 放課後、下駄箱に向かうと、そこにすでにアヤメさんはいて、一緒に帰ろと、手を握って帰り道を歩く。


 さすがに恥ずかしくて、何回か腕を振り払おうとしたけど。


「いや?」


 と言われてしまう。


「全然、いやじゃないです」

「そう、ならよかった」


 嫌じゃないけどさあ、俺まだ一二歳の男の子だよお。

 恥ずかしいよ、これ二年生になると普通になるのかな?

 アヤメさんがおかしいだけじゃないかな?

 俺は何が正解か分からず、ただ俯いて二人で帰っていった。


 俺の自宅の方が近かったらしく、先に俺の家に着いた。


「ああ、そうだね、君の家の方が近かったね」

「え?アヤメさん俺の家知ってるんですか?」

「あ、ああ。生徒会に入ったとき名簿で見てね」


 記憶力いいなあ、とか思っていたら何やら家の前に人がいる。

 スウェットに、汚いなあ。浮浪者か?

 そう思っていると、その顔に見覚えがあった。


「加藤……」


 俺は思わず後ずさった。

 なんで家の前に、そもそもアイツは謹慎しているはずじゃ。

 その正体にアヤメさんも気づいて俺に声を掛ける。


「大丈夫?安心して、こういうこともあろうかと準備はしてあるの」


 そういうとアヤメさんは警察に連絡を入れて警官が来るのを待った。

 物陰で身を潜めていると、ふいに加藤がこちらを向いてきた。


「てめえ!! 何所に行ってやがった!」


 気付かれた。完全に隠れるといなくなられると困るので、見えるところにいたのが仇となった。

 俺達に近寄ってくる加藤に、アヤメさんが前に出る。


 違うだろ! 女の子を前に立たせてどうするんだよ。

 守るんだよ、俺が。守られてどうする。


 アヤメさんと加藤の間に駆け込むように入り、加藤と対峙する。


「お前がよお、全部悪いんだ! お前さえいなければ!」


 力任せの加藤の腕が振るわれる。

 以前の俺なら空手仕込みの防御でどうにかできただろう。


 しかしそれを恐怖が上回る。

 俺は亀のように防御を固めてそれを耐える。


 目的は俺だ、なら警察が来るまで耐えればいい。

 俺は防御に徹した。

 

 そんな俺にイラついたのか、俺への攻撃をやめ、標的をアヤメさんに変える。


「お前はなにしてんだよ!!」

「アヤメさん!」


 急いでアヤメさんの方を振り返ると、地面には三脚でカメラが、手元にはスタンガンを持っていた。


「来ないで」


 その一言で加藤にスタンガンをぶつけると、加藤は痺れてその場で倒れた。


「これでも出力は抑えられてるから、大げさにするほどのことじゃないよ」


 いつもとは違うアヤメさんに俺があっけに取られていると、加藤が立ち上がろうとしていた。

 俺はそれを上から抑え。首を締めて気絶させる。


「怖かった~、大丈夫? 雄太君」


 いつものアヤメさんに戻った。

 さっきまでのは幻かな?


 俺はサイレンのなる音に今までの記憶を消されるような感じがした。






 後日、加藤は逮捕された。


 自分の父親が収賄の容疑で逮捕されるのと同じく、加藤の実名は示されなかったが、新聞の隅に傷害の罪で未成年の逮捕とあった。


 噂で聞いただけなので本当かどうかはわからない。

 けど加藤は実際に学校にこなくなったし、父親が捕まったのだ。

 今までのように暮らすことも出来ないだろう。


「はいあーん」

「……あー」

「ふふ」


 俺は今日もアヤメさんとお昼ご飯を食べている。

 あの日からアヤメさんの距離感はバグったままだ。


 今まで以上に密着してくるし、正直、持たない。

 俺だってもう中学生なのだ、エロいのの一つや二つ持っている。


「アヤメさん、そろそろ離れて欲しいんですけど」

「え~いやだな~、くっ付いてるほうがいいじゃない?」

「俺が! 限界なんです!」

「何が、限界なのかな?」


 俺に言わせるのか、もう我慢出来ん。


 俺はその場でアヤメさんを押し倒した。


「きゃっ」


 可愛らしい声を出して、アヤメさんが俺の下に来る。

 ここから、どうすればいいんだ?

 俺はとりあえず分からず押し倒してしまった事に後悔をしながら、アヤメさんの方を見る。


 目がトロンとしていて、火照った顔に滴る汗が妙に色っぽい。


「こうするんだよ」


 そういうと、アヤメさんが両手を俺の背中に回して、抱き寄せてくる。

 柔らかい女子の体に包み込まれて、すごく気持ちがよかった。

 顔は横にある。

 抱き合った俺は下半身が少し熱くなるのを感じた。


「男の子だねえ」


 アヤメさんに言われて、顔が真っ赤になった。多分耳まで赤いだろう。


 アヤメさんが抱き寄せてくれた腕をそっと放したかとと思うと、今度は両手を俺の顔に持っていき、お互いの顔が密着しそうな距離に持ってくる。


 静かに目を閉じるアヤメさん。

 息を呑む俺。

 しばらく固まっていると、アヤメさんが片目を開けて様子を見てくる。


「……さすがにこういうのは君から来てほしいな」


 そこまで言われてしまっては俺にも意地がある。

 再び目を閉じたアヤメさんの唇に口づけをする。


 やわらかい、ファーストキスはいちごの味なんて聞いたこともあったけど、普通にさっき食べた弁当の味がした。


「っん!」


 アヤメさんの下が俺の口の中に入ってくる、俺はそれを拒むことが出来ず、舌を絡めとられる。

 すいつくようなそのキスは初めてのものとしては刺激が強すぎた。


 俺は何かが出るような感覚に襲われ、ズボンが少し湿ってしまった。

 俺の振動が伝わったのか、アヤメさんが唇を離し、笑いながら尋ねる。


「少し、刺激が強かったかな」

「―――――っ!」


 俺は急いで姿勢を戻して、後ろを向いてズボンの中を確認する。

 ……べとべとだ。今日体育あったっけ?


 アヤメさんはゆっくりと体を戻し、もう終わり?って顔をしている。


「これ以上は……また今度で」

「今度、ね……ふふ、次があるのか、楽しみにしておこう」

「あのこれって、付き合ったってことでいいですか?」

「うーん、色気がないねえ、もっと別の言い方があるんじゃないか」

「――っ、えーと好きですアヤメさん、僕と付き合ってください」

「よろしい!じゃあ付き合おう」


 アヤメさんが後ろから抱き着いてくる。

 だから密着しないで、今大変なんだから!!



















『好きですアヤメさん、僕と付き合ってください』


 ああ、何度聞いてもいい。

 私は録音した音声を何度も何度も繰り返し聞く。

 絞り出すように震えて叫ぶ声、堪らない。


 ここまで、長かった。

 それほどでもないかな、三年くらいだ。

 本当なら見守ってるだけでよかったのに、存外の成果に私は満足していた。


 初めはただの好奇心だった。

 私を助けてくれた男の子が誰なのか。

 調べ上げて、同じ学校の中村雄太君であることを知った。

 父親は警官で殉職してもういない、母親は女手一つで彼を育て、そんな彼は父親と同じように正義感溢れる少年へと育っている。


 私は自他ともに認めるほど綺麗だし、頭もいい。

 家も裕福だし、何一つ困ったことはない。

 いや、変質者に合うのは困ったものだったが。

 それも彼が駆けつけてくれたおかげで解決したのだ。

 これが運命と言わずなんというだろうか。


 それでも彼の人生にまで関わるつもりはなかった。

 影でそっと見守る程度で満足すると思っていた。


 だから一年生で生徒会長になったし、学校も綺麗にした。

 唯一の失敗のせいで危うく彼が壊れるところだった。

 でもそのせいで私も気づいてしまった。

 自分のに。


 彼が傷つく、その度にする悔しそうな顔、それに堪らなく興奮してしまった。

 自分でもこんな浅ましい思いがあるのかと否定することもあった。

 でも何度も、何度も彼のいじめを記録していくうちに私の中にあったタガが壊れてしまった。


 彼が完全に壊れたらどうなるだろう。

 彼がすべてに絶望したらどうなるだろう。

 彼が私だけを見ていて、その上で痛めつけたらどんな顔をするだろう。


 そう思うだけで、私はゆりかごを湿らせていた。


 いつも通り、彼を観察していると、ついに心が折れてしまったようだ。

 私はここしかないというタイミングで登場し、彼を救って見せた。


 今までために貯めた動画をSNSで暴露系インフルエンサーにバラマキ、加藤の父親の収賄疑惑も調べ上げ、警察に密告した。

 私にかかればこの程度、造作もないことだった。


 邪魔なやつらは排除した。

 後はゆっくりと私に浸からせるだけ。

 ああ、私から離れられなくなった彼が、私から受ける虐待にどこまで耐えれるのか。

 壊れてしまうのか、縋りついてしまうのか、逃げださせはしない。

 時間はある、ゆっくりと、私から逃れられないように調教してあげるね。















 待っててね。私の愛しい人。

 

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