第9話 静観、お昼ご飯は一緒


◇◆◇◆


 クソっ! なんでこうなった。

 教師共は手懐けてある。どこから情報が漏れた?


 ていうかなんだあの詳細な動画は、一体誰がいつから取ってやがった。

 あいつのいじめを始めた最初の方の動画もある。


 まあ親父がいる限り、どうにかなるだろう。

 今は炎上しているが、どうせしばらくしたら落ち着く。


 マスコミがちらほらと家の前にいるが、俺には関係ないことだ。

 少しの間引きこもっていれば解決する、その程度のことだ。


 しかし暇だな、もうあのおもちゃも壊れちまったからなあ。

 新しいおもちゃを探す前に、もう一度壊れるまで使いつぶすか。

 あの怯えようなら、まだまだ楽しめそうだ。


「ただいま」


 親父が帰ってきた。

 少し疲れているようだ。

 さすがに俺のせいだろう、行きも帰りもマスコミ囲まれて対応に追われている。


「おかえり、親父。ごめんな、俺のせいで」

「何を言うか、少しやりすぎるのは若者の特権、それをまるで事件のように扱う世の中が悪いのだ。私が守ってやるから、もう少し待っていてくれ」

「ありがとう、親父」


 ククク、クズの親父はやっぱりクズだな。

 俺はクズなのを自覚しているだけまだましだろう。

 親父は自分がクズであることですら分かっていない。

 我が子可愛さに見えていないのか?


 まあどっちでもいい。

 俺はしばらく暇な時間を過ごして待つとするか。

 次はどんな事をしてやろうか、楽しみで仕方がないぜ。



◇◆◇◆




 加藤が来なくなってから一週間、俺は毎日お昼ご飯をアヤメさんと食べている。

 最初の頃は無言の時間も多かったけど、最近はよくしゃべるようになった。


 それになんだかアヤメさんはよく触ってくる。

 いや最初からよく触っては来てたんだけど。


 今日も俺の肩をもみたいというので揉んで貰っている。


「さすが男の子って感じだね、固くて、太い」

「アヤメさんのほうが俺より大きいじゃないですか」


 俺はまだ小さい、成長期だから、これからまだまだ伸びる、と信じたい。


「すぐ大きくなるさ、まだまだ君は子供なんだから」

「一年しか変わらないのに」

「その一年が重要なのだよ」


 肩をもみながらアヤメさんが答える。


「あー疲れた、ちょっと休憩」


 そう言って豊満な胸を俺の頭の上におき、肩の上に腕を乗せ、伸びの姿勢をとる。

 俺は平静を装う。


「あれ、何の反応もなし? 傷つくなあ」


 だって反応するとアヤメさん茶化してくるし、俺はなるべくこういう接触に反応しないようにしていた。

 それはそれでいじられるので、どっちにしてもあまり変わりがないのだが。


 それに嫌なわけじゃない。

 アヤメさんは美人だ、学校で一番と言われてもおかしくない。

 そんな彼女を独占できるお昼休みが俺の今一番幸せな時間だ。


 クラスは、まだ俺に対する罪悪感からか、あまりいい雰囲気ではない。


 そんな中でここで過ごす時間は天国とも言ってもいい。

 でもたまに不安になる。

 なんでアヤメさんがこんなに俺に親切に、親身になってくれるのか。

 理由が思いつかない。


 だからこそ、怖い。

 今まで築いてきたことなんてすぐに崩れ去る。

 俺はそれを自分で実感している。


「……アヤメさんは、どうして俺に構うんですか?」


 俺は気になっていたことをつい口にする。

 ただの同情心なら、それでもいい。

 俺が楽しかったのは事実だから。


 胸を頭の上に乗せたまま、アヤメさんが答える。


「そうだね、君が、強い人間だからかな」

「強い? 俺がですか、俺は弱いですよ。友達一人助けられない、いじめにも対抗できない。ただの普通の中学生ですよ」


 俺は本当に思っていることを口にする。

 舐めたことをした、己の浅慮さが招いた事を否定することも出来ない。


 アヤメさんが頭の上に置いていた胸をどかして、俺の前に膝を折って屈むと、両手で俺の頬を挟んで、じっと俺を見据えた。

 目線は逸らせない。


「そういうことじゃないんだ。君が強いのは心。体なんて後からいくらでも強くなれる。でも立ち向かう心、これは簡単なことじゃない。自分より大きな相手に立ち向かう勇気、それが君の強さだ」

「でも、でも俺は、結局屈してしまった。ダメだったんだ、俺は」


 じっと俺を見ているアヤメさんの前で、俺は少し涙ぐんで答える。


「何事にも限度はあるさ。むしろよく耐えたよ、あと少し遅かったら私が―――」

「え?」


 一瞬目を伏せたアヤメさんが物騒なことを言った気がした。気のせいだよな?


「とにかく、君は強い、そして私が気にっている! それじゃあダメか?」


 まっすぐとした目で、力強い目で、俺を射殺す科のような目で、アヤメさんが俺に語り掛けてくる。


「全然、ダメじゃないです」

「よろしい!」


 そう言って笑ったアヤメさんは今まで一番きれいだった。

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