第8話 生徒会長と昼ごはん

 俺は見慣れないタイトルに首をかしげる。

 しかしそこに載っているのは確かに俺がさっき見た動画だ。

 確か担任も朝SNSで話題になっていると言っていた気がする。

 いじめの可能性があるという言葉で忘れていたが、話題になっているどころか炎上?


「炎上って、なんだ? SNSは詳しくないんだ」

「SNSとかウェブ上で、表示された情報に対して批判が殺到することだよ」


 よくわからないけど、これが何の意味があるのだろうか。


「分からないか? これで加藤達のいじめは全国に知れ渡ることになった。さすがに地元の議員の息子だろうと、これだけの大事になったんだ。ただじゃ済まないよ」


 加藤達が、罰せられる? そういうことなのか?


 俺はいまいち要領を得ないまま、話を聞き流す。

 これが生徒会長の言っていた策なのか?


「加藤は……あいつはどうしてる。本当にこれが知れ渡っているなら俺のところに来るんじゃないのか?」


 昨日家にも来たのだ、学校に俺が来てると知ったらすぐにくるに決まっている。


「加藤は今日は休みだって。しばらくは出てこれないだろう。でもこの炎上が収まったら……」


 歯切れの悪い言い方に少し察する。

 ようはほとぼりが冷めるまで自宅謹慎でもするってことなんだろう。

 結局俺はつかの間の平和を謳歌するしかないのか。

 それでも久しぶりに加藤のことを気にしないで過ごせる日々は快適だった。


 お昼休み、いつもみたいに一人でご飯を食べようかと教室を出ていくと、俺を呼び止める声が聞こえる。


「少年、今、時間はあるかな?」

「生徒会長……」


 そこには二日前、必ず助けると言ってくれた、黒髪でポニーテールを揺らした彼女が弁当を片手に俺の側に寄ってきた。


「いい場所があるんだ、そこでご飯を食べよう」


 俺は右手を握られ、引っ張られるように階段を上っていった。

 そして普段は閉まっている屋上の扉の鍵を「ないしょだよ」と言って鍵を使い開ける生徒会長と共に屋上へと入っていった。


「うーん、やっぱりここは気持ちがいいね」

「あの、生徒会長」

神宮寺彩芽じんぐうじあやめ、生徒会長なんて他人行儀な言い方はやめてくれよ、アヤメと呼んでくれ」


 俺はいきなり気安く話しかけてくる彼女に困惑する。

 色々聞きたいことがあったはずなのに、俺をまっすぐ見る目に気恥ずかしくなり、目を逸らしてしまう。


「神宮寺さん」

「アヤメ!」

「……アヤメ、さん」

「まあいいや、及第点としておこう」


 嬉しそうに笑うアヤメさんはすごく綺麗だった。


「あの、先日助けてくれるって言っていたのってこういうことだったんですか?」

「そうだね、その一環だ」

「でも、この炎上は一時的だって、友人、が言っていました」

「確かに、今は職員室の電話はなりっぱなしだし、彼が出てくることもないだろう。でもネット上にはもっと過激な出来事が毎日投稿されている。そのうち加藤も出てくるだろう」

「それじゃあ! 結局何も変わらないじゃないですか……」

「そうは、させないよ」

「えっ?」

「いや、なんでもない。でも今は平和だろ? それなら楽しまないと損じゃないか。君も私みたいな美人とご飯を共に出来るなんて嬉しいだろう?」


 自分でそういうアヤメさんは確かに美人だ。

 二年生とは思えないほど、背は高く、胸も、大きい。

 そしてしっかりと俺を見据える少しつりあがった大きな目、少し大きな口は笑うと綺麗な白い歯がこぼれる。


 俺は場違いの場所にいるような感じになり、その場から去りたくなった。

 そんな俺を察したのか、アヤメさんが、俺の横を通りすぎ、扉に鍵を掛ける。

 いい匂いがした。


「まあ、逃げないでくれよ、こんな私でも傷ついちゃうぞ」

「すいません、まだなんか、実感がわかなくて」

「そうだな、とりあえずご飯にしようか、お昼休みも長くない」


 そうアヤメさんが言うので屋上に上がってきた階段の外にある段差のスペースに腰を掛ける。

 その横に、びっちりと隙間なくアヤメさんが座ってくる。


「ちょっ、近くないですか?」

「う~ん、不満かね?」

「そういうわけでは……」


 ちょっとというか、余りに密着して腕にアヤメさんの胸があたる。

 あ、柔らかい。じゃないじゃない!

 俺は極力当たらないように腕を内側に曲げる。


「あー逃げるんだ、それなら、えいっ!」


 そういうと、俺の左腕にアヤメさんが抱きついてくる。

 俺は持っていた弁当を思わず落としそうになる。


「あぶなっ!」


 俺は彼女の行動よりも弁当が落ちそうになったことを心配した。

 それを不満そうな顔でこちらを上目遣いでアヤメさんが見てくる。


「それが乙女に対する反応かあ、私は悲しいよ」


 ヨヨヨとウソ泣きをする彼女に、俺は意識を腕に取り戻し、その暖かく柔らかい感触に言葉にならない感情を覚えた。


「――――っ!」


 ばっと腕を話して少し距離をとる。


「まだこういうのは早かったかな? ほらもう何もしないからこっちきて」


 未だ少し警戒する俺にアヤメさんは無害をアピールして俺を誘う。


「ほら時間が無くなるよ、ご飯、食べちゃうね」


 そう言って、自分のご飯を食べ始める彼女。

 俺も少し距離を置いて弁当を開けてご飯を食べ始める。


 しばらく無言が続いた。

 でもなんだか心地よかった。

 一人でご飯を、いや正確には加藤達と食うこともあったが、心休まる時間は久しぶりだった。


「隙あり!」


 俺が口を開けて次のソーセージを食べようとしたところに、アヤメさんの箸がそれを奪い去る。


「ちょっと、やめてくださいよ」

「これは、これと交換しよ!」


 そう言ってアヤメさんの唐揚げと交換させられる。


「……横暴です」

「いやーごめん、なんだかそっちが食べたくなってね」


 俺は取られたソーセージを忘れて、貰った唐揚げを食べる。


「おいしし? 私が作ったんだけど」

「普通ですね」

「ま、冷凍食品だけど」


 からかってるのか? いや間違いなくからかってる。

 でもそんなささやかな時間が今の俺には楽しかった。


 心休まる昼休みはあっという間に終わっていった。


「明日も、誘いに行くけど、いいかな?」


 アヤメさんが少し控えめに尋ねる。


「別に、いいですよ、予定ないですし」

「そうか!いやあよかった、断られでもしたらどうにかなるところだったよ」

「大袈裟ですよ」


 俺は笑って答える。

 笑ったのはいつぶりだろう。

 そう思えるくらい、俺の心は浮かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る