第4話 屈した心

 それから数か月、学校は何のアクションも起こしてくれなかった。


 俺はひたすら耐える日々が続いた。

 精神的にいたぶるイジメに飽きたのか、最近は暴力的ないじめが増えてきた。

 そして今日は俺を的にしたダーツが催された。


 それまでのプロレス技を掛けられたり、ボクシングの的になるのとは違い、軟式のボールは恐怖だった。

 空手をやっていたから、締め技や打撃への耐性はあったほうだ。

 しかしボールに対する防御方法は持たない。


 ひたすら怖かった。

 そして避けると殴られ、蹴られ、またボールの的になる。


 この日、俺の心は完全に折れた。


「もう……無理です。許してください、お願いします、お願いします」

「あ?なんだって?聞こえねーな」


 俺はもう一度声を大きくして叫ぶ。


「ゆるじでぐださい!!お願いじまず!!!」


 恥も外聞もない。

 被害の出る学生も知ったことか。

 俺がこんな目にあってるのに、誰一人として俺に関わろうともしてくれないやつらを守って一体何になる。

 そんな自暴自棄な考えに加藤達は笑って答える。


「いいのか?そんなこと言って、他の人でいじめてもいいんだぞ」

「もうむりです!!」

「まあ、最初からそんな約束破ってるんだけどな」


 は?


「啓二だっけ?あいつには定期的にお給金貰ってるし、さすがにいじめはしてないけど、二年生で遊んでやってるよ。お前が約束したのは一年生だけだもんな。文句あるか?」


 加藤の言葉に俺は愕然とする。

 じゃあ俺がここまで耐えた意味は?

 啓二も何で言ってくれないんだ?

 そうすれば俺がこんな目に合わなくてもよかったじゃないか。


 失意と絶望がない混ざった心はもう限界だった。


「うわあああああああああああああああああああ」


 頭を抱えただただ叫ぶ。


「うわ、壊れた」

「草」

「あーあ壊しちゃった」

「後始末しとけよ」


 そう言って去っていく加藤達。

 俺はしばらくその場から動けなかった。


 そして落ち着いてきたころ、周りに転がっているボールを片づけていた。

 ははっ、アイツらはもういないってのに、俺はこんなにも奴隷根性が染みついていたのか。


 情けなくて涙が出る。

 悔しかった。

 屈してしまった。

 あんだけ大口を叩いておいて、この始末だ。

 学校も何にもしてくれない、実際にいじめの現場を目撃しても無視された。


 その時点で俺の心は相当来ていたのに。

 担任の後藤に相談したこともあった。

 でもじゃれてるだけの一点ばり、話にならないと教頭に直談判もしたけど同じような答えしか返ってこなかった。


 おかしいじゃないか。

 正義が報われなくて、悪がのさばる。

 こんな不条理があっては。

 俺はひそかに持っていたポケットに入ったナイフに手を掛ける。


 どうせこのまま誰も何もしないなら、俺が天誅を下せばいい。

 おおよそまともな思考を出来ていない俺は、ナイフを取り出してあいつらの後を追おうとした。


「そんな危険なものを持って、何をするつもりだい?」


 誰だ? 俺は声の主を見た。

 そこには知らない女の子が立っていた。

 見覚えがあるそれは、確か生徒会長、入学式の時、綺麗だなってクラスメイトが騒いでいたのを覚えている。


 今更何の用だ。

 お前も何もしてくれなかったじゃないか!

 何が生徒会長だよ! 助けてくれなかったじゃないか!


 俺は自分の情けない叫びを初対面の人間にぶつけていた。

 一通り言い終えると、ナイフが手から滑り落ちる。


 溢れ出た言葉に少し冷静になり、何を馬鹿なことをしているんだと体が言っていた。


「これまで何も出来ずに、謝罪のしようもない。こんなことになる前に助けたかったのだけど、時間が掛かってね」

「何を言って……」

「しばらく、体調不良ということで学校を数日休んでくれ、なに悪いようにはしないさ」


 言っている意味が分からず、俺は混乱する。

 学校を休む、それは親が心配することだ。

 休むことが出来ない。


「数日だけでいいんだ、心苦しいだろうけど、親に嘘をつけというのだ。しかしこれは必要なことなんだ。どうか信じて待っていてくれないだろうか」


 今更なにをという気持ちと、もしかしたらという思いがぶつかり合う。

 でもなんとなくこの人なら信用出来るかもと思えた。


 もう先生や学校には期待できない。

 どうせ上手くいかなくても数日アイツらから逃れることが出来る。

 そう考えれば悪くない。


「わかりました。2,3日学校は休みます」

「そうか、よかった。必ず君を助けて見せる」


 必ず助ける、か。久しく聞いたことのない言葉だ。


 俺は落としたナイフを拾い、生徒会長を背に学校から自宅へと帰った。


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