第3話 お弁当

「オラ、目え覚ませよ」


 相手の蹴りによって腹部を攻撃された俺は途切れた意識を取り戻す。


「啓二への、カツアゲを、やめろ」


 地に伏して蹲っている俺は、それでも必死に抵抗する。

 もう何の力もないというのに。


「ん~そうだな。いいよ、ただし条件がある」

「条件……?」

「お前がこれから俺らのおもちゃになるっていうならやめてやってもいい、どうせ金なんて困ってないしな」


 俺が、こいつらの、おもちゃ?

 でもそうすれば啓二は助かる。

 本当はイジメ自体を辞めさせないといけないけど、それでもこれ以上被害者を増やすわけにはいかない。


「俺が、相手をする間は、他の皆、一年生にも手を出すな」

「ああ、ああ。構わないよ、お前が耐えれるならな」

「確かに、約束したぞ」


 これで少しは平和になる。

 俺は自己犠牲出来る自分に少し喜んだ。


(親父、俺は負けないよ)


 今は亡き父に誓う。

 どんなことをされても俺の心だけは屈しないと。


「今日はもういいや、明日から校舎裏に集合な、あと暇なら休み時間に呼び出すから。なに後遺症が残ることはしねえから安心しとけ」


 いじめのくせになにがだ! クソ! 俺に力があれば、こんなやつら止めて見せるのに。


 帰っていいぞと不良達にいわれ、俺は立ち上がると、全身のほこりを払い下校していく皆に合流していく。


 友達は、もういない。

 結構な時間が経っていたようだ。

 大丈夫、俺には味方がいる。

 不良のいじめくらい耐えて見せる。


 それにさすがに俺が傷つけば先生も動いてくれる。

 報復なんて恐れない。証拠さえあれば、学校が対処してくれる。

 俺は少し前に先生に裏切られたことなど都合よく忘れていた。


 

 次の日、学校について教室で皆に挨拶をする。


「おはよー!」


 あれ?

 返事がないな。

 それにどことなく皆から距離を感じる。

 俺は友達のところへ向かう。

 啓二もいる。


「なあ、みんなどうしたんだ、まるで腫れ物扱いなんだけど」

「お前、あの加藤さんに目の敵にされてるんだろ、俺らも近づけないよ」

「何言ってるんだよ、確かにあの不良と関わり合いはあるけど、皆には関係ないだろ? 啓二もそう思うだろ」

「僕は、反抗しないほうがよかったと思うな」

「啓二!?」

「お金さえ出せば、なんにもなかったんだ、君のせいで一年生皆に危害が加わる可能性がある」

「だからそれはそうしないように約束したし」

「君が耐えれる保証がどこにあるのさ!」


 啓二の大きな声に皆が静まり返る。


「だから、俺達には関係ない。そう示す必要があるんだ、だから、ごめん」

「おい、ちょっと待って―――」


 俺が何かを言う前に皆が離れていく。

 俺はクラスからも孤立してしまった。

 最悪、不良達、加藤といったか。そいつらに何かされても友達がいるから、心休まる時間があればどうにかなると思っていた。


 それが登校した初日から崩壊した。

 俺は急に怖くなった。逃げ出したい。でも、そんなことできない。

 誰かに危害が及んでしまう。それに親に心配もかけたくない。


 俺は失意のまま朝のHRを受けた。



 昼休み、案の定加藤たちがやってきた。

 うちの学校は公立にしては珍しく弁当持参だ。

 これも母親が朝早く作ってくれた大切な弁当だ。


「雄太君、一緒にご飯食べようぜ」


 加藤が俺を呼ぶ。

 俺に拒否権はない。


 俺は黙って席から立ち上がると、弁当をその場に置いて向かおうとした。


「おいおい、一緒に食べるのに弁当がないんじゃダメだろ」


 ちっ、何をする気だ。

 早起きして作ってくれた母親の弁当に何かされるだろうと嫌な予感が走った。

 しかしそれを断ることも出来ず、俺は言う通りにして彼らのもとに向かった。


 向かった先は男子トイレ。


「どうせボッチ飯だろ? なら個室がいいと思ってな」


 一緒に食べるんじゃないのか?

 俺は先程の言葉と矛盾した言葉を受け入れる。


「じゃあ食べてくれよ」


 目の前にはアイツらがいる。


 俺は弁当を開いて、食べようとした。


 バシャと隣の個室からバケツかなにかで水をぶちまけられる。


「ギャハハ、まずそうな弁当だったから、おいしい水かけてやったよ、どうだうまいか?」


 俺はこの程度か、と心の中で安堵した。

 無言で食べ続ける俺が気に食わなかったのか、加藤が俺の弁当を持ち上げ床へと叩きつける。


「やめろ!」


 母親が作ってくれた大切な弁当が便所の床に散らばる。不衛生極まりない。


「そうそう、そういう顔が見たかったんだよ。あーすっきりした。ちゃんと完食しろよ」


 そういうと、俺を囲むようにニヤニヤした顔で俺が食べるのを待っている。


「……食べればいいんだろ、食べれば」


 俺はぐちゃぐちゃになった卵焼きを頬張る。潰れたミートボールもだ。


「うわっ、本当に喰ってやがる、くっせ~」

「引くわ~」


 お前らが! お前らがさせてんだろうが! 怒りと屈辱で一杯になった頭で必死に弁当をかき集めて食べきる。


「お~偉い偉い、完食おめでとう。あと汚れたところ綺麗にしとけよ」


 なんとか食べきった俺にそう言って去っていく加藤達。


 まだ、この程度なら、耐えられる。

 でもこれがずっと続いたら……?

 いや流石に学校が動くだろう。


 あと少しの辛抱だ。

 俺はそう言い聞かせ、汚れた床を掃除道具を使って綺麗にした。

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