第29話

俺の体から何かが抜けていった。

人は、支えを失うと物理的にも力が抜けてしまうのか。


 支え?俺の支えって……


頭に浮かんだのは琉太リュウタの顔だった。

俺と同じ顔、なのに違う性格。俺より劣っているのに順調な人生。

見た目は同じなのに……。

俺は……、あれだけ頑張った勉強は俺に何をもたらした?殺伐とした環境と緊張だけだった。友だち…?そんなもの、いるわけがない。自分たちの「利益」とならなければ関係性は成り立たない。


 琉太は……


俺にたいしての態度が変わらなかったな。鏡をみているような弟。優しい弟…。顔が同じだから俺と琉太を見分けるやつはそういなかった。見分けるやつ……


あの夜、俺の顔を見て琉太ではないと瞬時にわかった女。

地面を見つめていた顔がゆっくりと上がる。そうだ、やっぱり会わないと。

「おい……」

俺の変化に気付いたのか、話していた刑事の表情が固くなった。

すごい人だな。心の変化がわかるのか。

俺の右手がテントの入口にかかる。

「おい、やめとけ」

「何を?」

テント入口を素早く開ける。中に入ると2人いた。

「やっぱりね」

最初に中の様子を見ようとしたときに気配がしたから、さほど驚かない。

「いるのわかってたんだ」

ひとりは二美子。もうひとりは……誰だ?

「誰かつけとくくらいなら別に移すとかすれば」

「確かに…」

そいつは横になる二美子の前にいて、両手を広げるようにしてこちらを向いていた。

「移せない理由があんのか……」

「うわ…確かに賢い」

バカにしてるのか? こんな異常な状態で横になってるって……

「……動け、ないのか?」

「……鋭いねえ。出てけよ、ここで彼女に触れたら即逮捕するよ」

「お前、刑事か」

「見えないだろ~?最近の警察は風体に寛容なんだよ」

ここで、無理矢理にでも彼女に近づいたとして、この刑事をどうにかする腕力はない。

「聞きたかったんだ」

「え」

「どうして俺が琉太じゃないってわかったのか」

「……会ったことあるのか?二美ちゃんに」

二美ちゃん…そう呼ぶ仲なのか。あれだけいろいろあっても、こいつの回りには人がいるんだな…。

「ある。寮で、夜の寮で。こいつ、一度もあったことないのに、俺のこと琉太じゃないって、言ったんだ」

「夜の寮……?」

刑事の声が若干変わった気がした。

「雅人が寮に忍び込んだとき、俺も女子寮の入口にいた。寮の中に二美子が入る前に会った」

ちょっとチャラかった刑事は、それらしい眼光になる。

「……会っただけか?」

「口塞いで、脅した」

突然強い衝撃に見舞われ、俺は身体が飛んだことに気付くのが遅れた。テントの入口のところから外に飛び出したのだ。

背中に当たる冷たい地面と遅れてくる腹部の痛み、そして捕まれている胸ぐらに、殴られたのか…?と感じる。

「ミツっ!」

外で待機していたさっきの刑事が割って入ってきた。

「放せっ!もういい!」

「聞いてたでしょ?!こいつ、二美ちゃんを脅したんすよ!こいつのせいで……!」

ああ、殴られた訳じゃなくて、押し出されたのか。テントの中にいた刑事にタックルされた感じだ。

本気なんだろうな、怒りが見える。俺はこういう気持ちをどっかに置いてきたのか?捨ててきたのか? 失くしたのか……?

「二美子は俺のこと話してないのか?」

「話したくても話せなかったんだよ!お前が思うよりずっと傷は深いんだ!」

すごい剣幕で押さえつけられた。話せなかったとは……?

俺から引き離された刑事の剣幕は凄かった。2人きりだったらぼこぼこにされていたのだろう。引き離した刑事は大きく深呼吸をして、俺を見た。

「とにかく、お前のテントまで行くからな。所持品検査だ。テントにも侵入した。聞かせてもらうぞ」

「わかった……」

「それから……2度と二美子には会わさない」

俺の目を見据えた刑事は、静かにそう言った。ああ……会えないのだろう、そう悟った。


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