第28話

「二美子さん、ちょっと自販機で水買ってくるよ」

テント入り口を少し開き、なかにいる人物に声をかける。スマホで画面を確認したそいつは、自販機の方へ向かっていった。

誰もいなくなったそのテントにゆっくりと近付く人影がある。


「このテントに何か用か?」

声をかけられたそいつは、テントの入口から手を離す。ゆっくりと振り返る。

「間違えたみたいです」

「だろうな、凌平リョウヘイくん」

テントから少し離れたところから裕太が近づいて来る。

「……俺の名前も分かってんだ」

「大したもんだろ、日本の警察も」

「よく、ここに来るって分かりましたね」

「なー、俺もすごいと思う」

淡々と話す凌平に、飄々と答える裕太。凌平に逃げようとする動きは感じられなかった。裕太は視線をそらさない。

「刑事さん、ですよね」

「まあな、何で刑事がお前の前にいるのか分かるか?」

「心当たりありますよ。」

「そうか、じゃあ、同行してくれるか?」

「それって任意ですよね」

「やっぱり賢いな。まあな。だとしても、職質はかけれるけどな」

「なるほど。でも、間違えただけですよ」

「そうだろうな~。でも、偶然間違えたにしては言い訳しづらいテントだぜ、ここ」

「…………」

裕太の表情が一気に変わる。

「誰のテントだと思って来たんだ……?」

凌平、それまでの余裕な雰囲気が若干変わる。

「お前、3年ほど前、何した?」

裕太からは何とも言えない気迫が溢れていた。決して声を張ってるわけでも、大声で威嚇しているわけでもないが、相手を喰っていた。

「今、この状況と3年ほど前の話と関係あるんですか?」

「お前が言うか、それを」

「あん?」

「関係あるから来たんじゃねえの?ここに。ある女に会いに」

凌平はかぶっていたパーカーを取り、真っ直ぐ裕太を見据えた。

「…………あんた、二美子の男?」

「だったら?」

2人の間に導火線が見える。着火されている。それほど長くない導火線は順調に燃えている。

「3年も経ってたら男ぐらいいるか。純真無垢みてえな顔してっけど、たぶらかすのな、あの女」

「……おっと、お前、気があんのか」

「俺が?まさか!気があんのは雅人だよ。ぐちぐちと二美子のことで悩んでやがった」

「ほう……やっぱ、雅人にも絡んでたんだな、お前」

「…………何の件で引っ張ろうとしてんの?」

「おっと、そんなに心当たりがたくさんあるのか」

睨み合ったまま2人は動かない。

「……調べたんだろ?俺のこと」

「そうだな。お前、別に隠す気とかないんだろ?犯罪に荷担したこと」

「やっぱそれか……」

「みんなやり取りしたデータを消去してるから出てこないんだけどな。この間捕まった奴らがここでお前と会うこと、話したんだよ」

「そうですか……。で、逮捕するんでしょ?」

「んー……会うってこと話しただけだからな。重要参考人だけど同行してほしいわけよ」

「ハッ……!」

凌平の顔に怒りが表出する。

「甘いこといってますね。俺はあんたの彼女に酷いことしてるんすよ!それを知ってもそんな態度でいられますか!」

裕太は微動だにせず、その視線を受け止める。

「酷いことだって、わかってやったのか?」

「…………」

周囲から5名ほどの私服警官が現れる。

「囲んでたのかよ」

「日本の警察は仕事が丁寧なんだよ」

「琉太が連れてかれたのに、こんなにいたのか」

「あ~……やっぱみてたのか。あれは話、聞いてただけだ」

「え?」

はじめての戸惑いの表情。

「琉太には説明して、ちょっと一緒に歩いてもらっただけだ」

「説明って……」

「まあ、厳密には雅人が話したんだけどな」

「あ?」

凌平の顔にまた別の感情が現れる。

「お前、意外に表情豊かだな」

ポケットに突っ込んでいた手を出す。

「雅人はな、ひと足先にフェス会場から出されてたんだよ。感情のコントロールが出来なくてな。どうしてなのかはお前がよく分かってるだろ?心配してくれる友だちの琉太から電話もらって、謝ったんだよ。ごめんって。心配かけてごめんって」

「それがどうだって言うんだよ」

「それが、お前と雅人の違いかもな」

「…………」

「気持ちを上手く抑えられねえって、ちゃんと琉太に言えて、これまでのお前との関係を話したらしいぞ~。お前、ある意味すげえな。俺は嫌いだけど」

「ハッ……なんだそれ……」

「琉太も泣いて謝ってたぞ……」

「はあ?何であいつが……!」

「兄さんがごめんって」

「!」

「お前はどうだか知らないけど、琉太はそれでもお前を兄だと言ってたぞ~」

凌平の肩がガクッと落ちた。



本来ならこれで終わるのだろう。

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