第27話

凌平リョウヘイはひとり、自販機のベンチで水を飲んでいた。

 30分ほど前、本日の演奏が終了したアナウンスがかかった。本来ならあと2つのグループが演奏予定だったらしいが、演者の都合で中止になったらしい。それからほどなくして、私服警官に連行されていく琉太リュウタを見た。周りの喧騒をよそに、静かに連れられていった。

「悪いな琉太。そういう流れになったと言うことは、お前の運命はそこにあったんだよ」

静けさと、心地よいうっすらとした暗がりのなか、空を見上げる。

こんなに自然のきれいなところに、やかましい連中たくさん率いれて、人間は罪ばかりを侵すね。

 高校で、世の中の、人の汚さに辟易とした。どんなに頑張って自分を磨き、賢くなってもその先に希望は見えなかった。大学の進学についても何のための勉強なのか分からず迷った。結局答えが見つからず、進学をしなかった。俺よりも成績が悪かった奴らが大学生となり、その肩書きだけで勉学に励まず遊んでいた。そんなものだと世の中は笑って迎え入れた。なのに社会に出るときは手厳しく叩きまくった。大学まで行って何を学んできたのか、と。

世の中は矛盾とご都合主義だ。真面目がばかをみる。流れとけばいいんだ。

「雅人もいない、琉太もいない」

 二美子って人は、絶世の美女と言うわけでもないのに、人を引き付けるモノを持っていた。雅人は、昔から琉太と仲が良く、家にもよく来ていた。大学生になって、寮で生活をするようになって、会うこともなくなったが、ある日、雅人が俺と琉太を勘違いして呼び止めた。彼は後ろから俺を見たから、勘違いしたのだろう。雅人が俺と琉太を間違えることは、あまりなかったから。その時に、連絡先を交換して、よく会っていた。おそらく、琉太を心配して会ってくれたんだろうが、そんなことはどうでも良かった。

 彼の純粋な気持ちは俺にはちょっと嫌悪するものであった。ある女性に対して寄せている感情がストレートで、その思いに戸惑っている雅人に吐き気がした。

彼が信用している人物と同じ顔で、似たトーンで、助言をする。


「雅人のことどう思ってるんだろうね」


「その発言は、嬉しいよね」


「雅人を思ってるんだね」


時には聞くだけ、時には質問責めにして。

無理に会わず、別にどうしてもどうにかしたいわけでもなく。

雅人が少しずつ俺の言うことを気にし始めたのが分かって、そこのみに興味が出た。何かを目的にしているわけではない、流れに逆らわないだけ……。


そういえば……


1度、覗きに行ったことがある。

雅人の行動が少し前のめりになり始めた頃、彼女の寮へ入り込んだ。彼がそこまでの行動をとるとは思わなかったが、選択肢としてそう選んだのなら、それは彼の運命だと。女の寮に入っていった彼を見て、そのまま帰るつもりだった。


「どちら様ですか……?」

女子寮の入口付近で声をかけられる。

振り替えると女性がひとり佇んでいた。

肩までのストレートな髪、学生らしい淡い色のトートバック、躊躇なく声をかける真面目さ、この子だな……。

会ったこともないが、雅人から聞く女性像にはまる。

そして、俺の顔を見て、はっとする表情。間違いなくこの子が二美子……

「……琉太?」

肯定も否定もせずにっこり笑う。

「じゃないですね……誰ですか?」

この子も分かるのか、俺と琉太の違いが。

俺には会ったことないのに、それだけ琉太に近い存在なのか……。

俺の中がざわつく。気分が悪い。

そう感じたとたん俺は自然に彼女の腕を取り、口をふさいだ。驚いて動けない彼女に微笑んだまま呟く。

「マジうぜえ。消えろよ」


崩れ落ちた彼女をそのままにして寮をあとにした。そのあとどうなったかは知らないが、雅人の話では寮からいなくなったと聞いていた。雅人も戻ってこない彼女を待ちきれず部屋をあとにしたらしいが、後に彼女の兄が大学に来て騒ぎになったらしい。

流れのままに進んだ結果、俺はここにいる。頑張ったり逆らったりしたところで、なにも残らない……。

「さあ、もう少し待ってから動きますか」

ここで、次の仕事について打ち合わせる予定だったが、警察がうろついてるってことはいろいろバレたんだろうな。まあ、

琉太が連れてかれたってことは、俺には余裕ができたってことだ。ここにあの女がいて驚いたが、それも運命だ。

空になったペットボトルを捨て、伸びをする。

「やっぱ、会っとかないとなー」

これも運命だよ。

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