第18話

買い出しから戻った俺たちは、光麗ミツリさんから早朝帰れないことを知らされた。

唖然とするなか、裕太さんからの伝言を伝えられる。

できるだけテント付近にいること、連絡がつくように携帯は所持しておくこと、そして、二美子さんをひとりにしないこと。

テントで休むときもひとりにせず、誰か一緒にいてくれとのことだった。光麗さん曰く、断腸の思いでの判断だから、と。スーパーシスコンの裕太さんが離れるなって言うぐらいだから、それだけ心配要素が高いってことだよな……。

光麗さんはその後、裕太さんのところへ向かったため、ここにはいない。俺たちは今、伝言に従って、テント内に壽生ジュキ、テント外に輝礼と俺がいる。

さっきまで流れていた音楽は止まり、フェスは30分間の休憩に入った。機材のチェックもするのだろう。ステージ側に集中していた人の波が少々バラける。

照明で比較的明るいのだが、日が暮れてからは暗やみが点在し、それが幻想的で、現実との境界線を曖昧に感じさせた。

アウトドアチェアーに座り、コーヒーを飲む。夜空を見上げると星がうっすらと見える。二美さん、こういうの好きなんだよな…。

「なあ……」

同じくアウトドアチェアーに座って空を仰いでいた輝礼が声をかけてくる。

「そばにいなくていいのか?」

「いいんだよ、壽生がいてくれてる」

「そういうことじゃねえよ、気になるんならいてやれよ」


 そうなんだけど……。


「俺なら嫌だけどな。いくら信用できるやつでも、他のやつがそばにいるって」

「アキラって…意外に束縛強いんだ」

「あん?」

「冗談だよ。そうじゃなくて、ちょっと参ってる」

「……まあ、だよな」

詳しく知らなかったとはいえ、今回の雅人の件はズシッときた。ひとり浮かれてた自分に腹もたった。守っているつもりで、俺は二美子さんに守られていたんだと感じた。俺は二美子さんを好きだと言いながら、彼女をちゃんと見てなかったんじゃないだろうか。言えよ、なんてよく言えたよな、俺……。言えなかったんだよな。知られたくないよな……言葉にしたくないよな、そんな怖いこと。

「ああー、俺さあ、めちゃくちゃ怖かったんだよな」

「アキラ……」

「二美子さんのことモノみたく言うんだぜ。何か普通じゃなくて、腹立ったんだけど殴れなくて、ムシャクシャしたのに、どーしたら良かったのか……結局わかんね」

体を預けるように座っていたアキラ。グッと体を起こして大きなため息をつく。

「俺も、何がBESTなのかわかんないよ。けど、二美子さんが雅人に会ったとき、輝礼がいてくれてほんと良かった。二美子さんが無事で俺たちのとこに帰ってきて良かった」

「……だな」

「……俺たちの前から、消えるつもりだったのかな?」

「かもな……」

「それをやめたんだよな」

「……たぶんな」

二美子さんの泣いてる顔が浮かぶ。苦しんでる顔が浮かぶ。

「ごめんね」ってすぐ言うんだ。


 二美さん、悪くないじゃん……

 謝るなよ……




「こんなん休めるわけないじゃん!」

一方、壽生はテント内で焦っていた。朝、帰ることが出来なくなり、交代で休むことにした。最初に俺がテントに入ったのだが。

横になると、近い距離に二美子さんがいる。すぐ近くというわけではないが、こっちを向いて見てる。まあ、寝てるから目は閉じてるけれども…。壽生は寝られなかった。胡座をかいて座り、大きなため息をつく。

もともと、俺は女性が苦手だ。言葉を交わすのも、空間を共有することも。だからこれは休めない。

ここに入ってきたときも、二美子さんは入口に頭を向け、自分のリュックの上に覆い被さるように倒れこんでいた。驚いて動けなかった俺をよそに、尚惟は中を覗いて「おっと…」

と、呟き、中にはいると、躊躇なく二美子さんをそっとリュックから離して、横たえた。

「じゃあ、あとで起こしに来るね」

しれっと出ていく。

俺はその一連の事柄を見るだけで赤面した。よくそんなことを事も無げにできるのな…。感心する。

尚惟はとても一途に、二美子さんを思っていた。それは日々の言動でよくわかった。ゆっくりと急がず、待っている、そんな感じ。俺には尚惟のようなことはできない。

二美子さんはあんまり気負わず話ができる人だった。自然な形で空間が持続できた。ゆっくりと話を聞いてくれて、無理強いしない彼女の間の取り方は、俺には心地が良かった。いつしか3人で裕太さんがいなくても家を訪れるようになる。

それほど近しい存在だったのに……


気づいてあげられなくて、ごめんね


大勢の人が集まる場所へ足を踏み入れることは、二美子さんにとって覚悟のいることだったのではないか。

「ん、…」


 え


一瞬、苦しげに顔が歪んだ気がした。

「にみさん?」

身体が少し動き、横にずれた。

「ん……」

さっきから言葉にならない苦しそうな息づかいがもれてくる。


 え?発作か?


にみさんの手がかけられたタオルケットを軽くつかんでいる。ヤバい、痛いのかもしれない、2人にも知らせないと……!

テント外に知らせようとした時、

「……こ、……」


ん?


微かに聞こえた「こわい」?って…言った…?

え……うなされてる……?

そっと横に近づき、タオルケットを握りしめている手に触れる。驚くほどぎゅっと力が入っている。顔を見る。目に力がこもっている。このきつく閉じた瞳の向こう側では何に怯えているんだろう。

そりゃそうだよな、恐怖を植え付けたやつが近くまできて、怖かった当時を思い出して、うなされもするよ……。

壽生は二美子の頭に手を置くと、優しくなでた。

「よく頑張った。もう大丈夫、怖くない。ひとりにしないから……」

心なしか息づかいが落ち着いたような…。

穏やかに眠ることができる、フェスに行ける、買い物ができる、怖かったと言える……頑張ってすることではなくて……。

タオルケットを握りしめていた手をそっとほどく。


 ヤバ……泣きそうだ……。


眉間のシワが緩んでいる。少しは休めるだろうか? 少しは怖いことを忘れていられるだろうか? 少しは笑ってられるだろうか?


二美子さんの悪夢に入って蹴散らせたらいいのに……


いつの間にか俺の方が彼女の手の温もりに安心していた。



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