第17話

身体が急に重くなった気がした。

エネルギーだけ家出したみたい。横になりたいのにそれすらも出来ない。

裕太兄がテントを出てから、張っていた気力が抜けていく。貧血の状態もあると自覚しているが、今は薬が飲めない。

「ちょっと……」

気持ちが悪い……。

先に胸の薬を飲まないと。

ゆっくり周囲を見渡して、自分のリュックの場所を確認する。

良かった、近くにある。

時間をかけて無理しないようにリュックに手を伸ばす。

テントを挟んで向こう側は、美しい夜空と音符の共演かぁ…。想像するだけでも心おどる。薬ケースから2錠取り出す。水のペットボトルを開けて飲む。


 新しいのだったら開けられなかったかも


自分のリュックの上に身体を預け、目を閉じる。ゆっくりと浅く息をする。眠いわけではない。さっきの騒動でドキドキしている。けれど、身体が動かない。

そういえば、お医者様が言ってたな、疲れを上手く感じとれないことも出てくるから、休息は適宜取るようにって。休むことは大事だって。

リュックを通して音が体に伝わってくる。

ほんの少しの振動だが、心地よい。



「二美、ごめんな。兄ちゃんまだ仕事があるんだ」

「わかった。行ってきて」

「辛かったら言ってくれ」

「大丈夫、気にしないで」

「気にする。大丈夫じゃねえ。兄ちゃんはすごいんだ、だから……」

「知ってる。ありがとう。でも、本当に大丈夫」

「……二美、やっぱり兄ちゃんがそばに……」

「行ってらっしゃい」



裕太兄は優しい。いつも自分のことより、先に私を気にかけてくれる。安心をさせてくれる。

私はそれが嬉しくて、甘えてしまっている。

「だめだなあ……」

兄とのさっきの会話を思い出しながら、ぼうっとし始めた。

雅人から様々なことを言われ始めたのは、今となってはいつからだったのか、わからない。

初めて彼を知ったのは入学して間もなくで、寮での歓迎入寮式だった。特別何かを話したわけでもなく、嫌がった記憶もなく。なのに、2年になって間もない頃から態度が変わった。当たりがきつくなり、校内のどこにいても彼がいた。どうしてそうなったのかはわからない。

「……んっ」

少しずくっとした痛みを感じる。体制を崩さず、落ち着いて呼吸をする。このくらいはどうってことない。どうってことない。

息をゆっくり吐く。

静かに目を開け、ランプの明かりでゆらゆらしているテント内を見る。

懸命に庇ってくれた輝礼アキラくん、駆けつけてくれた尚惟ショウイくん、壽生ジュキくん。自分でも驚くほど安心して、大丈夫って思えて……

ああ、情けないけど、怖かった……

今ごろになって感情の説明がつく。


いけない、薬を飲んだ時間を確認しないと、そう思いながら、まぶたが重くて、目が開かなくなる。

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