第13話

 その40分ほど前


ああもう、これじゃあ心臓が落ち着きません! 


さっきのドキドキを噛み締めるように胸にそっと手をもってく。

フェスが始まり、会場はステージ側に人が多く繰り出し始めた。トイレに行くと行ってひとりで来た二美子。

2人でいるとドキドキしちゃって、心臓が持たない……。

携帯は絶対に持ってくこと、何かあったらすぐに連絡するようにって重ねて言われた。

兄に言われると、過保護って反発したくなるけど、尚惟に言われると、甘やかされてて心地いいなんて……


 ああもう、自分勝手だな~私。


考えると笑みがこぼれる。元気になれる。

周囲を見渡すと、陽も暮れたのに照明で随分明るく感じる。音も大きく、昼間とは空間が違って別世界だ。屋台は随分閉まってるが、いくつかは開いてる。ほとんどがアルコールを扱ってるとこだが、数ヶ所、そうではないとこがある。

「うーん、お腹空いたな…」

そういえば昼も薬しか飲んでなくて、もうすぐ薬飲む時間だから……

「たこ焼き……とか」

屋台のゾーンへ向かいキョロキョロしてみる。1軒ある。ピンクのミニショルダーから財布を出そうとしていると

「おい、」

「え」

突然、肩に触れられて一瞬、頭が真っ白になる。振り向いたそこには輝礼が驚いた表情で立っていた。

「ごめん、驚かした?」


 あ、アキラくん、……アキラくんだった


安堵が身体中を巡る。手にしていた財布がスルリと落ちた。

輝礼、それを拾うと二美子のショルダーにしまう。

「大丈夫?」

「だいじょう……ぶ、じゃ、ない」

輝礼の服の裾をそっと持った。

「二美さん……」

「ごめん、…」

「……っ……、ここから離れよう、テントに戻ろう」

「うん、……持ってていい?」

「うん、いいよ。ゆっくり行こう」

回りが見れない。

一瞬にしてあの時に戻った気がした。その瞬間、無力感と自分のダメさ加減と、苦しさが身体中を支配した。どっからか雅人が見てるかも、どっかから来るかも、そんなことばかりが頭の中をぐるぐる回って、気持ちが悪い……

「ごめ……ちょっと」

屋台ゾーンを離れたところで動けなくなった。震えが襲ってくる。


ダメだ、ダメだよ、これ、思い出しちゃ、


この感覚はまずい。あのときの感覚だ。

足もとから力が抜けてく……

「二美さんっ…」

輝礼が瞬時に支える。震えているのが伝わってしまう……。

「二美さん、俺を見て」

少しずつ顔を上げる。

「うん、そう、俺を見て」

「あ、アキラ…くん」

「そう。俺だよ。大丈夫だよ。ゆっくりで大丈夫」

口の中がカラカラで返事ができない。

「足に力、入らねえ?」

小さい反応だったが、首がたてに動かせた。

「そか。……俺が抱えてもいいか?」


重いよ、私……。


でも、震えがどんどん酷くなってくる。

怖さが増してくる。涙が溢れる…

小さく頷く。

「よし」

にっこり笑った輝礼は膝のところに迷いなく腕を入れ、グッと抱き上げた。

「大丈夫だよ。つかまってて、絶対大丈夫だから」

首に手を回して、ぎゅってする。

涙が止まらない。

「どうしよう…戻っちゃったら、」

言葉が呟くように漏れる。

「…!」

「こわいよ、いやだ……!」

輝礼の腕に力が入り、眉間にシワがよる。


「どう?落ち着いた?」

「ごめんね」

「それは俺だから、ごめん急に声かけたから、ごめん……」

「違う!違うの……」

泣いてるのを見られたくなくて、テントより少し離れたところにある自販機のとこで下ろしてもらった。。

輝礼くんが暖かいミルクティを買ってくれた。横にあるベンチに2人で腰かけている。


はあ、ダメだ…私


「お腹がすいただけだったのに……」

「え?」

「ただ買い物しようとしただけだったの。なのに、今朝まで頑張って少しずつ変わってきてた私だったのに、ちょっと油断したら、ちょっと前の私に戻っちゃった……」

「二美さん……」

「あの時の怖さが一気に戻ってきたの。出来てたのに、買い物も人混みも、大丈夫だったのに……、頑張ったのに、怖かった……。情けなくて哀しかった」

「……」

「どっからかあの人が、雅人が出てきそうで、そんなことばっか考えちゃった……」

ダメだ……気持ちが戻ってこない。

周囲は賑やかなオーラでお祭り騒ぎなのに、私はその輪には似つかわしくないんだって言われてるような、拒絶されてるような感じがしてしまう。

「俺、戻ってないと思うよ」



「俺に大丈夫じゃないって、ちゃんと伝えてきたじゃん。裕太さん以外に助けてって言えたってことじゃん。それって、前とは違うべ」

「輝礼くん……」

「裕太さん来るまで絶対離れないから、大丈夫。俺も尚惟も壽生もそばにいる。」

「うん…うん、私、頑張る」

「えっと、それさあ……気になってたんだけどさ……」


ん?


「もっと力抜いていいんじゃね?」

言葉のチョイスにドキンとする。

思わず彼の顔を見た。

「十分、頑張ってるよ、二美さん」

くしゃっと笑った輝礼くんの表情はガチッと固まりかけてた二美子の心に響いた。

「みんな、甘やかすの上手」

「おっと、俺だけじゃねえのかよ」

「……ありがと」

「おう」


この時、ちょっと離れたところに雅人がいるなんて思ってなかった。

 私の携帯が鳴った。裕太兄からだと分かり、輝礼がベンチを立つ。電話に出てる間、3mほど離れたところで輝礼も電話をしていた。たぶん尚惟か壽生にかけてたんだと思う。テントに帰るのが遅くなってたから心配しないようにだと思う。

裕太兄から光麗さんに代わり、話してる最中に、その人影は距離をつめて来た。真っ直ぐ、二美子の所へ。


『綺麗って、何か嬉しい…』

「ふふ、だって…きれ…………」

 自販機の明かりに照らされて、少し早い段階で相手の顔が見えた。華やかな音楽がずっと遠くなっていく感覚に二美子は聴覚を失ったかと思った。

『ん? え?二美ちゃん?もしもし?』

光麗の声は届いているが、遠かった。


 どうしよう……雅人だ……


「………何か用ですか?」

声が乾いたようにガチガチだ。

自分の声が自分のものじゃないようだ。

携帯を持つ手が固まる。

『二美ちゃん、携帯切っちゃダメだよ、そのままだよ、大丈夫、すぐに行くから』

雅人は何も言わずただ近づいてきた。すぐに立って逃げるべきなのに、足が、動かない。

目が、そらせない……。

「……来ないで」

『二美ちゃん……!』

「雅人」


どうしよう……、裕太兄……

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