第8話

「ほんとお前って嘘つきだな」

 ― あんたに言われる筋合いない

「俺のこと好きなんだろ?」

 ― 誰が!

「そのぐらいわかれよ!バカなの?」

 ― 何をわかれと…

「お前って言われないとわかんないのかよ」

 ― てか、何で雅人がいるの?

「お前を大事にしてくれるやつなんていねえよ」

 ― ……いるよ

「俺しかいないだろ」

 ― そんなわけない、私には大事な……

「ひとりで勝手に思い込んでるんだろ?」

 — 思い込み? 思い込み……



 頭の中がぐるぐる、くらくら、わー…視覚、持ってかれそう。

 エレベーターがすごい勢いで降下した感じだった。視界が開ける。布地の天井が目に飛び込んでくる。


 どこだっけ?どうして私はこうなって…


「んっ…」

 しまった、不用意に呼吸した。

 自然に呻き声がこぼれる。手を動かそうとして気付く、動かない。

 ゆっくりと息を吐く、そして吸う。小さく浅く。少しずつ慣らしていく。

 2度、3度と続けると、痛みが消えていることに安堵する。


「よかった…」

 自分の声を聞いたのが久しぶりな感覚。ちゃんと声が出てる。

「よくないよ」

 鼓膜を震わせる優しい声。

「ショウ……?」

 そうか、手が動かないのは、尚惟が握ってくれてるからなんだ。

 意識をすると、右手に体温を感じた。

「右側に、いる?」

「え?……う、うん」

「ごめんね。もうちょっと待ってね。もう少ししたら、首が動かせそう」

「……痛いの?」

「今は大丈夫。ありがとう。心配してくれて」

「俺、怒ってるからね…」

「うん、ごめん」

「謝ってほしい訳じゃないよ」

「……うん」

 少し深く息をして、半身をゆっくりと右に向ける。

 そこには愛しい人の姿があった。胡坐をかいて、横になっている私を見つめている。


 ずっと、いてくれたのかなぁ。


「私、どうなったの?」

「え……覚えてないの?」

「……うーん、混乱してる。覚えていると思う。整理できて…ない」

 寝ているのにくらりとする。

 …ん…貧血?

 目からはいる情報が揺れる。横向いたからかな?酔っぱらいみたいだ。

 視覚に酔って目を閉じてしまう。

「え、痛いの?辛いの?」

 慌てる尚惟の握っている手にちょっと力をいれる。

「大丈夫って。痛くないからもう平気」

「…大丈夫じゃ……ないじゃないか」

 尚惟の眉間にしわがよる。

 少々、明るさが足りないのか、はっきりとは表情が読み取れないが、笑っていないことはわかる。

「にみさんがテントの中で発作みたいなの起こして眠っちゃってから1時間くらいたったんだよ。アキラから電話もらって、急いで戻ってきて」


 1時間か…どうりでまだ明るい。


「帰ろう二美子さん。何かいろいろよくないよ。心配すぎて、俺、苦しい」

 尚惟のうるんだ瞳にキュンキュンする。

 いかん、さすがにこれは不謹慎だわ。

 でも……

「尚惟」

「え?」

 やっぱり、手をずっと握ってくれてたんだ。

 心配してくれて、ずっとそばにいてくれた。こんなにキラキラした人が……。

「尚惟、手、握っててくれたの?」

「あ、あたりまえじゃん。ずっと目が開かないから」

「ちょっとだけじゃない」

「ほんと怒るよ」

 こんなに純粋な気持ちをぶつけてきてくれて、なのに私は隠してばっかりか。フェアじゃないよね。でも、この視線をなくしたくないって欲もあって。信じられないけど、優しく見つめてくれる彼の気持ちが嬉しくて…。

「ありがと」

「にみさん!」

「大好き」

「…っん、もう!怒ってます」

 笑みが自然にこぼれる。

 ごめんね、尚惟。怒ってる顔もキレイって思っちゃってる。私にいろいろ言ってくる尚惟、可愛い。

 気持ちが落ち着いた。

「発作だよ」

「…え」

「みたい、じゃなくて、たぶん発作」

 

 黙ってたら、ダメだ。


「私、心臓が悪いの」

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