第6話
「はい、あと徒歩1キロです。じゃあ、現地で」
電話を切って二美子がいるベンチに向かう
これは初めてにはしんどいかも…
人の波に酔うと貧血みたくなる。
にしても、
妹のデートに兄貴がデバるかね…。
尚惟と二美子さんが付き合い始めたのはごくごく最近だ。知り合って1年以上たっていた。俺も
裕太さんがもっと反対するかと思ったが、意外とすんなり認めてくれたのには3人で驚いた。
裕太さんが俺にいった言葉が今も記憶に残ってる。
「お前ら3人ともいい友だちだな。女、巡って壊れない関係ってなかなかない。大切がちゃんと血肉になってるんだな。
ありがとな、二美を大切にいれてくれて」
いいお兄さんなんだけど、だからって、デートについて来るわ、少なくとも以前、妹に好意を抱いていた相手に電話かけさせるわ……って。
冷静に考えておかしいって。
と、思いながらも断れない俺たちって。いいこだな。まあ、彼女の経験した出来事を思うと気持ちは分かるけど。
「お前、いい加減にしないとホントにヤバいぞ」
前方から何やら人の波とは逆へ流れてる男二人が騒ぎながら向かってくる。
知っている者でもなかったし、他の雑音にもまみれていて気にならなかったのだが、パーティー効果だろう、ある人物の名が聞こえた。
「二美子に関わるなよ」
え?
思わずその2人組を見た。向こうは気にされてるなんて思ってもない様子。
「うっせえな、たまたま会ったんだよ」
「で、たまたま腕掴んだって?」
は?
「そうだよ、悪いかよ」
「悪いわ!せめて場所選べよ!」
腕掴む状況って何だよ…
てか、どっかで見たことある顔かも…
「
「偶然だって言ってるだろ!」
まさと……?うわー…ヤバいぞ、あの雅人か…
その名に壽生は聞き覚えがあった。ちょっと前に二美子の兄、裕太から尋ねられた名前だった。刑事という仕事柄からちょっといかつい裕太だが、その時はちょっとどころではなかった。
ある日、厳つい態度の大きな男が学内で情報を集めていた。事件の情報を収集していたらしいのだが、それが裕太さんだった。
その事件ってのが二美子さん絡みだった。正確には事件にはなっていない。彼女が学内の男からつけ回されてるって聞いて、乗り込んできたのだ。相手がどんな奴なのかを調べていたのだろう。二美子さんを知るきっかけになったのはこの時だった。
つけ回されたところを直接見たわけではないが、一度、怯えている二美子さんを見かけたことがある。
たまたま裕太さんに借りていたCDを返しにいったとき、台所から食器が割れる音がした。玄関先で話していた俺と裕太さんは急いで台所へ向かった。そこには割れた食器と丸まっている二美子さんがいた。
駆け寄る裕太さんが肩に触れると、彼女はビクッとはねた。その動きに俺は驚いた。体は震えているように見えた。何かにとても恐れているようだった。裕太さんは無理せず、ゆっくりと優しく声をかけ、二美子さんが落ち着いてから抱き締めた。そうしてやっと、二美子さんは声を殺して泣いた。
俺は微動だに出来ず、一連の事柄をずっと見守っていた。二美子さんを部屋で休ませたあと、割れた食器を片付けるのを手伝った。
そのときに話してくれた。何があったのかを。
ある時、怯えた二美子さんから、裕太さんの携帯に電話が掛かってきたそうだ。
「お兄ちゃん……たすけて……」
急いで寮に向かった裕太さんは、すっかり怯えた二美子さんに驚いたという。部屋の隅の方に小さくなって床に座り、手にはスマホを握りしめていたという。カーテンを閉め、窓際には持っていた本やぬいぐるみ、鞄などを積み上げていたという。扉の近くには椅子や布団がよせられていて、入り口を見守るように座っていたのだ。扉を空けたとき、これはまずいと直感したらしい。
その日のうちに連れて帰り、そうなった原因を探ったという。そこで雅人という男が浮かんできた。要はこの男、二美子さんに好意を抱いて付き合おうとしたのだろう。相手の気持ちも確認せず、俺が好きだから付き合おうと。二美子さんは即断り、彼に目をつけられた。その後、ことごとく二美子さんの行く手を阻み、近寄り攻め立て、捲し立てたそうだ。さすがに寮の部屋へ来られたときにはパニックになり、学校へ報告をしたが、付き合っているもの同士の内輪揉めだと解釈され取り合われなかった。恐ろしさに二美子さんは兄に助けを求めたのだ。
訪ねたときには何かがあったわけではない。台所の窓に人影が映ったように見えたらしい。それで怖かった事柄を一気に思い出したようだ。
この兄は警視庁きっての刑事であり、シスコンだ。裕太さんの静かなる怒りは今も続いている。
二美子さんの心の傷ってやつは第3者が思うより深いのだとは思う。けれど、彼女は必死に乗り越えようとしているのだと思う。
なのに……
どうして会うかな……何で腕掴むかな……
息を整え電話する。
「あ、輝礼? そばに尚惟もいる? そ、良かった。すぐに出発するだろ?うん、知ってる。ちょうどすれ違った。帰ることも考えとこうぜ」
『おお、それとなんか着いたら二美子さんも話しあるって』
輝礼の声が戸惑っていた。
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