第5話

「こんなとこで会うなんて、変な感じだな。お前ってこういうの来る奴なんだ」

親しげに声をかけてきた男は、前方に回ってくると、珍しげに目を這わせてくる。

もう随分会っていないから、突然目の前に現れても実感がない。えらいもんで、名前は覚えている。

どうしてこういうタイミングで一番会いたくない人に会うかな…。

今は薬を飲みたいのに。

それをポケットへそっとしまう。ほかの手立てを考えないと……。

「久しぶり、二美子ニミコ

「名前を呼ばないで」

「……何だよ、冷たいじゃん」


 ふわっと笑う姿はイケメンなんだけど。


この笑顔って提灯鮟鱇のちょうちんの部分だと私は知ってる。

「一人できてる?……わけないよな。誰と?」


 何で言わなきゃいけないのよ…


ちょっとくらいならもつだろうと判断した私は、ベンチから立ち上がる。この場にいるのは得策ではないと判断した二美子。リュックを背負おうとする、と不意に手をつかまれる。


なっ…!


つかんだ相手を見る。

「聞いてんだろう? 答えろよ」

自分の求めてる内容にならないとこうなるのは変わらずか。

「何で言わないといけないの」

「はぁ?」


 負けるかバカ。私はあの時とは違うんだ。

 私には尚惟ショウイがいる。


「手を離して」


雅人マサトは大学の同級だが年齢はひとつ上だ。学部は違うがただひとつだけ接点があった。寮住まいだったのだ。女子と男子は寮の建物は違うが同じ敷地にあった。門扉は一緒で食堂も同じだ。本来ならば交流の場となり、よき関係性を培う一助となるのだが、私と雅人の間はそうはならなかった。高校生までだと思っていたヒエラルヒーを寮に持ち込んだ人。彼の思うような答えを出せなかったために、私は…、


「離して」


目を見て言えた。けれど、心臓が早鐘を打つように脈打ち、自分の声すらも聞こえづらかった。痛みなのか緊張なのかよく分からなくなる。脳裏に先程の可愛い顔が浮かぶ。


尚惟…


「え、何やってんの雅人! え?二美子?は?何だこの状況???  とにかく、雅人こっちこい!」

2人が睨み合っているときにどこからか雅人のツレらしき男性が近寄ってくる。私の名を口にしたということは、彼との関係性も知っている人だろう。

「悪いね、二美子。こいつ連れてくから」

琉太リュウタか。雅人の友人。私を知ってるのも頷けた。大学当時のトラブルを知ってる数少ない人物の一人だ。急いで引き離してくれた行動からも彼は理解してくれているようだ。あの当時の事を……

琉太が私から彼を離すと引きずるように連れていった。


 はぁ、何だったの…?


力が抜けそうになる。

「二美子さん!」

声にはっとする。視線を向けた先にはビックリするぐらい早く近くに駆け寄ってくる尚惟がいた。


 え、今の見られた?


いきなりハグされる。

「何?大丈夫?誰?何があったの?」


 すごい、躊躇なく聞いてくるんだ。


ちょっと嬉しくなる。隠さなくて良いんだな、って自分を甘やかすことが出来る。

それって、すごく幸せなことだ。

「……声が、聞きたくて電話した。大丈夫、ちゃんと離してって言ったよ。大学の同級が声かけてきた。嫌っていったら手をつかまれたけど大丈夫。」

ぎゅっとする手に力を込める。

肩で息をしながら私の言葉に耳を傾ける彼。

「大丈夫じゃないって思うけど、良かった、無事で」

「それは大袈裟」

「二美子さん、離れてごめんね」


 うわー、甘やかされてしまっている。


彼の胸に顔を埋めながら、胸は痛いのに、落ち着いている自分がいる。

「溺れそう……」

「…溺れてよ。俺以外は受け付けないように俺でいっぱいにしてよ」


…この子は、どこで学ぶんだ、そういうことを。

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