第3話
ああもう、なに思い出してるんだか。
付き合うことになった日のことを思い出して、喜びに浸ってしまった。
私は結構能天気なのかも。薬飲まないとまずいのに。
ストッカーから薬を出す。
2錠飲まなければいけない。水がないから1錠ずつをしっかり飲まないと。それほど大きくはないが、痛みが襲ってきている今は飲み込むのに辛い。まず1錠を口へ。喉を通っていっているのが分かる。潤っていないため、喉の壁に引っ掛かっている。
「ん…っぐ、こほ……」
違和感を感じた喉が、異物を外へ押し出そうとしている。
うーん、上手く行かない……
咳が続けて出始めると、さすがにヤバいので何とか止めようと口を塞ぐ。
周囲には多くの若者たちが一方向へ向かって進んでいた。
ここはある町のバスの停留所。今日明日と○✕レコードのサマーfestivalがあるのだ。ここ数年はコロナで中止だったため、解放された人の波は全盛期より多いようだ。新参者も多いらしく、会場までが非常に込み合っている。
私もフェスに参加が初めてで、ちょっと戸惑っている。私は新参者であるため、勿論、事情に詳しいわけなどなく、この情報はここに来るまでのバスのなかで得たモノだ。車内は人で溢れており、人数制限こそあれ、乗れるだけ乗れた感は否めなかった。公共バスとは違い、貸し切りなので乗っている人はみなフェス参加者だ。気持ちが早くも出来上がっており、会話も弾む。
そんな中、気づかれるわけないと思いつつも、薬は飲めなかった。すぐ近くに尚惟たちがいたし、万が一、見られて、「どうしたの?」なんて尋ねられたらさらりとかわす自信は全くない。
乗ったバスはこの停留所までの運行だ。目的地まであと1キロほど徒歩だと言う。若い彼らにとってはたいしたことないだろうが、私には色々と思うところがある。
ふう、飲めたかな…
なんだか違和感はあるものの贅沢を言ってなどいられない。この薬は8時間毎に3回飲むことになっている。ちょいと遅れても飲んで休んでいれば何の問題もないが、通常とは異なる状況、心身の疲れ、これに定期服薬が守られなければ…
「尚惟くんに迷惑かかる…」
絶対避けなくちゃいけない事態。
うーん、やっぱり水がほしいな。
携帯を出して、短縮ダイヤルを見る。
《ショウくん》
ボタンを押す。
呼び出しコールがなり、すぐにコール音がとまり声がする。
『もしもし、にみさん?』
え? これって…
「
『そうそう、今、会計してっから代わりに出てる』
ああ、ね。
『大丈夫?尚が心配してるけど、酔った?バスに』
「そうかも」
『やっぱそう?ごめんね、俺たち考え浅くてさ。そこまで考え及んでなかった。フェス、初めてだもんね、それも野外』
「うううん、誘ってくれてありがと」
『……うん』
兄がよく言っている。
思ったことを口に出して失敗することも多いが嘘がつけないため、好かれるという。よく分かる。信用できる人だ。発言に裏がない。
電話のおくで尚惟の声が聞こえた。
「なに人の電話出てんだよ」って言ってる。
思わず笑みがこぼれる。見えなくても赤くなっているのが見える。
ああもう……溶けてしまいます。
「え?二美子?」
不意に後ろから名を呼ばれた。この声…。
一瞬、周囲の雑踏が無音になる。
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