小豆洗いの話
「先輩。小豆洗い、って知ってます?」
突然声を掛けられ、僕は読んでいた本から目を上げた。
「また妖怪の話? まぁ名前くらいは。何するヤツなのかは知らないけど」
「そうですね。日本全国で知られる妖怪で、いろんな作品にも出てるので知ってる人は多いかもです」
高野理紗は今日も相変わらずだ。
「名前だけ聞くと、小豆を洗うのか。なんだそれって感じだな」
「ええ、川辺で小豆を洗う音が聞こえるけれど、見ても何もいないっていうのが基本みたいですけどね」
「ああ、そういうの多いよな。妖怪って、なんだか分からない現象に名称をつける感覚っぽいよな。今だったら、なんたら現象みたいな名前つけられそうだもんな」
「そうですね。でもですよ、日本全国に知られるだけあって、地域によっては、悪い存在だったりよい存在だったりもするみたいですよ」
高野はまた例のなんとかという本を見ながら解説してくる。
「なんでも、小豆を洗う音に気を取られた人を川に落とすとか、人をさらうとか、逆に見るとよいことがあるなんて地域もあるそうですよ」
「あ~……最初のは分かるよ。音に気を取られてっていうのは、副次的なものだもんね。単に足滑らした人が、なんか変な音がして、っていう言い訳をしたとか。後の二つはよく分からないね」
「う~ん、なんですかね。人をさらう……、悪いイメージが広がった結果ですかね。逆によいことは、その地域の人でたまたま音を聞いた人によいことが続いたとか、ですかね」
「まぁそんなところじゃない。河童と同じで、各地の似たような話が統合された結果かな」
「一応、発祥の物語っぽいのもあるんですけど。聞きます?」
「聞いておこうかな」
「一つは、小豆を数えるのが得意だった寺の小僧さんがいたんですけど、疎ましく思った他の僧に殺されてしまった姿だとか」
「なにそれ。で、死んだ後も小豆を数えてるってことか」
「あとは、小豆に小石が混じっていたと姑に叱られて川に身を投げた女がいて、その川で小豆をとぐ音が聞こえるようになったとか」
「こわっ。姑にどんな責めを受けたんだ……。っていうかどっちも妖怪っていうか幽霊? 怨霊じゃないか」
「まぁ両方ほんとにあったのかもしれないですけど、あんまり関係はないかもですね」
昔の人からしたら、幽霊も妖怪も似たようなものなのかな。
「ではそろそろ、正体について考えましょうか」
「う~ん、そもそも小豆を洗う音っていうのがなぁ。あんまりピンと来ないんだよなぁ。米を研ぐような感じかな」
「そうですね、小豆洗いの出す音であるショキショキという音も、元は米を研ぐ音だったとかそうじゃないとか」
「まぁとにかくそういう音ってことね」
「ええ。で、正体ですけど、一番単純なのは、川の近くの海岸の砂浜を歩く音が、ザクザクと小豆を研ぐ音に聞こえたってやつですね」
「あぁ、そうなんじゃない。まぁ砂浜の近くじゃない川だったら違うんだろうけど」
「他だと、イタチやキツネ、たぬきなんかの動物の鳴き声やしっぽの音なんて説もあるそうです」
「えっ、そいつらってそんな音を出すの」
「いやぁ、分かんないですね」
「だよね。あんまりピンと来ないな」
「あとはカエルとか虫の出す音っていうのもあるみたいですよ」
「えっ、そんな音するの」
「分かんないですね」
「まぁでも実際にそんな音がするのなら、そうなのかもしれないね。川辺に草とか生えてて、そこに隠れた動物とか虫が音を出してたら、姿も見えずに不思議な音がするってなるもんな」
「あとは、風で竹の葉が擦れる音とか」
「あ~、なんか分かるかも。サラサラサラ~っていうね。でもそれだったら、見て葉っぱの音だって分かるもんな。やっぱりさっきの動物かな。想像はできないけども」
「確かに、実際に動物の鳴き声とか聞いてみないことには何とも言えないですね」
「まぁどれも正解なんだろうけどね。いろんな要因で水辺で変な音を聞いたことからの発想なんだろうから」
「よし、じゃあ今日はこんなところですか」
高野は本を閉じながら言った。
「先輩、いつもどおり締めてください」
「あ~、『小豆洗いの、小豆硬い』とか」
「う~ん、ちょっと今回はお題が難しかったですかね」
やっぱりそうだよな。
妖怪部の語り 氷柱木マキ @tsuraragimaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。妖怪部の語りの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます