河童の話

「先輩。河童、って知ってます?」

 突然声を掛けられ、僕は読んでいた本から目を上げた。

「流石にね、むしろ知らない人はいないんじゃないの」

「それもそうですね」

 高野理紗は相変わらず妖怪話がしたいようだ。

「確かに河童ほどメジャーな妖怪もいないかもしれませんね。でもいったいどこで知るんでしょうか」

「う~ん、まぁいろんなキャラクターとして使われてそうだし、川とかに注意の看板があって、そこに描かれてたりするよね」

「あぁ、見たことあります。ポップな絵柄が多いですけど、たまにすごく怖いのもありますよね」

 都会ではあまり見かけないが、田舎に行くと古くて味のある河童の絵が見られそうだ。

「まぁ、妖怪と言ったら、で例に出されるくらいには有名でしょ」

「そうですね。じゃあ改めて河童についてまとめますか」

「いざ河童とは、って聞かれたら、そうだな。まずは全身緑で頭に皿があって、嘴があって、川に住んでる、とか」

 ざっと思いつくものを挙げてみた。

「見た目だと、後は背中に亀みたいな甲羅があって、手には水かきがあるとか。それから両腕が繋がっていて、片腕を引っ張ると、反対側は縮むとか」

 高野は例の本を見ながら、補足した。

「キュウリと相撲が好きっていうのは聞いたことあるよ」

「カッパ巻きの由来ですね。河童に相撲で負けると、尻子玉を取られるっていうのもありますね」

「尻子玉ね。架空の臓器ね。取られると死んじゃうんだっけか」

「死なないまでも、死んだようになってしまうみたいですかね」

 やはり妖怪、基本的には怖い存在として描かれている。

「でもさ、河童ってあんまり怖いイメージないよな。キャラクター化してるからかな」

「そうですね、やはり有名なだけあって、怖いのからコミカルなものまで、いろんな伝承があるんですよ」

 なるほど、知名度ゆえのイメージの幅があると。

「怖いのだと、相撲勝負をふっかけて尻子玉を抜いたり、川に引きずり込んで人や馬を殺したり。逆のパターンだと、人の仕事を手伝ったり、薬の作り方を教えたりとか」

「へぇ、ホントにいろいろだな」

「次は、そもそもの河童の発生の伝説なんですけど、中国の河の神の河伯が由来とあります」

「かはく、ね。確かに河童と名前も似てるしね」

「名前で言えば、河の童(わっぱ)が語源みたいですけどね。地方によっては河太郎(かわたろう)なんて呼び方もありますし」

「じゃあやっぱり諸説あり、ってことね」

「ええ。それに由来で言えば、他にも安倍晴明が式神に使った紙を、川に流したものが河童になったとか。伝説の大工である左甚五郎が仕事を手伝わせるために作った人形で、仕事が終わったら『尻子玉でも食べてろ』と言って捨てたものだとか」

「それもいろいろか。ホントにエピソードだらけだな」

 ここまでいろいろな話が出てくると、少し考えたことがある。

「これってさ、もしかして全国各地のいろんな妖怪のエピソードが、ひとつに集約されてるんじゃないかな」

 もともと別のものだった多くの話が、河童という知名度を得た妖怪に凝縮されたとか。

「それは考えられますね。いくらなんでもバラバラな話がありすぎですものね」

「だろ。いろんな水辺の妖怪が一括りにされたんじゃないの」

 エピソードによっては、水辺の妖怪ですらないかもしれない。

「だからこそ、いろんな創作物に使われるのでしょうね」

「そういえばさ、河童の創作物といえば『沙悟浄』じゃない」

「『西遊記』ですね。確かに日本では河童といえば沙悟浄という人は多いかもしれません。ドラマとか漫画とかもありますしね」

「そうそう。あれ、でも西遊記って中国の話だよね。河童っているのかな」

「そうなんですよ。沙悟浄が河童というのは日本での意訳であって、もともとはそんな描写はないんですよ」

「やっぱりそうなんだ」

「ええ、水辺の妖怪ってことで、日本では河童が連想されて描かれたみたいで、それこそいろんな創作物の影響で浸透したみたいですね」

「それだけ日本人に河童が馴染み深かったってことかな」

 そうですね、と言って高野は本を閉じた。

「じゃあ今日はこんなところでしょうか。最後に先輩、上手く締めてください」

「またかよ」

 さてどうしたものか。

「う~ん、『【河童】は昔から【活発】に描かれてきた』、ってどう」

「いや~、微妙じゃないですか」

 僕もそう思う。


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