第32話 クォーターエルフの憂鬱 その1

「ねえ、ノエルさん、これなんかどうかな?」


 私はノートパソコンのディスプレイに映った弓矢をノエルさんに見せる。


「うーん、悪くはないんだけどさー、ちょっとサイズがでっかいんだよねー」とノエルさん。


「そっかー、サイズかー」


 すると今度はノエルさんが、「そうそう、これなんかどうよ?」と『グランド デポ』特製タブレット『デポ パッド』に映る弓矢を私に見せてくる。


「うーん、残念、これ、『グランド デポ』では取り扱いないんだってさー」


「あー、そっかー残念」とノエルさん。


 はてさて、私とノエルさんは、今、一体何をしているのかというと、休日の午前中から『グランド デポ』のフードコーナーに来て、ハンバーガーとフライドポテトとコーラを嗜みつつ、ネットサーフィンをしているのであるます。フリーWi-Fiって便利だよねー。


 先日の事です、その日も「ダンジョン204高地」でのモンスターハントも終わり、アニータさんの宿屋で休んできたら「コン・コン・コン」とドアからノックが……はてさて、一体こんな時間に誰かしら?と思ったらノエルさんが深刻そうな顔をしてドアの前に立っていたのです。


 そして……「ちょっと相談があるんだけどいいかな」と。


 その、心細そうな表情が私の母性本能をおおいにくすぐり、思わずハートがキュンとなる私。


 だめよ、だめだめ、サファイヤ。私にはナジームさんという心に決めた推しメンがいるというのに……


 でも、こうしてみると、ノエルさんも十分イケメンで通るルックスです。以前読モとかされてましたか?


 私ははやる心を押さえつつ、「よかったら、部屋に入りませんか?今、コーヒーを入れますから」と。


「うん、ありがとう」とノエルさん。


 私はベッドの脇に置いてあるポータブルバッテリー『デポ蔵 一号』君にデポールの電子ケトルを繋げてお湯を沸かす。それから、「サバンナコーヒー」のインスタントコーヒースティックを取り出し、マグカップに入れてノエルさんに差し出した。


「ありがとう、サファイヤちゃん」とこっくり頷くノエルさん。


 普段は見ない、電球色のLEDに照らされたノエルさんの横顔を見て胸の鼓動が止まらない私。


 二人して黙って深夜のコーヒーを飲む。うーん、なんてロマンチック(ハート


「そういえば、今日の戦いも大変でしたね」と私。


「ああ、フロア9までくると、どのモンスターも一筋縄ではいかないね。ホントサファイヤちゃんのお陰で助かっているよ」と優しい微笑みを返すノエルさん。


 うーん、ナジームさんもいいけれど、ノエルさんもいいかもー!!と私の中のリトルサファイヤが何だか悶絶している。


「でも、この前からナジームさんも戦いに加わってからパーティー全体の負担もだいぶ楽になってませんか?」


「ああ、ナジームの『天堂的蝴蝶(チンタンドゥフーリエ)』だっけ?あまりに凄すぎて、最近僕の出番が無くなっちゃってさ」と自嘲気味な笑みを見せるノエルさん。


「そっ、そんなことは無いですよ。ノエルさんが弓矢で威嚇しているからこそ、モンスターもナジームさんや私に手を出せないんですから」


「ありがとう、サファイヤちゃん。でも、威嚇するだけなら人形だって出来るじゃないか」……と。


 重苦しい沈黙が部屋の中を包み込む。


 そういえば、ノエルさんの相談って何だったんだろう。私はこの重苦しい雰囲気を取り払うべくノエルさんにその事を聞こうとしたその時、


「サファイヤちゃん!!」といきなり私の手を握るノエルさん。


「ふぁ、ふぁ、ふぁ、ふぁ、ふぁ、な、なんですか、ノエルさん」といろんな妄想をするのは得意だけれど現実的なシミュレーションは苦手な私。予想外の展開に動揺しまくりです。


 すると……「僕と付き合ってほしいんだ!!」と。


 ふぁ、ふぁ、ふぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ。


 婚約破棄をされてからはや半年、私は男の人と、もうそういう間柄には二度となれないと思っていたのに、まさか、まさか、こんなにも私のことを思ってくれている人が身近にいただなんて……すいません、婚約破棄された中古物件ですが、おそらくですけど、多分、きっと、婚約者とはそういうことはしてないと思いますので、新古物件だと思って、ほら、新古品って実質新品ですよね。すいません、いまだにちょっとそこらへんの記憶があいまいで。

 そして、追い出されはしましたが、お父さん、お母さん、ここまでサファイヤを育ててくれてありがとうございます。サファイヤ、この人の、お嫁さんになりまぁぁぁぁ……と、そこで、


「『グランド デポ』に!!!」と。


 ………………おやっ?


「今度の休みの日に、俺と『グランド デポ』に付き合って欲しいんだ!!」といつになく真剣なノエルさん。


「……………………はぁ」


「えっ、いいの?サファイヤちゃん」


「……はい、べつに、いいっすよ」


「やったー!!」


 ノエルさんはそう言ってこぶしを上げると、「じゃあ、明日も早いんで、詳しい話はまた明日ね、お休み」と言ってさっさと自分の部屋に帰ってしまわれました。


 ………………やっぱし、ベタって大切ですよね。がってむ!!

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