第31話 チーム力底上げ週間 その5
……二日後、
ここは、「ダンジョン204高地」フロア8。
珍しくナジームさんがフォーメーションの最前列に立っている。
そして、辺りはこれまでにないような異様な緊張感が満ち溢れていた。
「おいっ、ちょっとでもヤバいと思ったらすぐに声を掛けろよ」とナジームさんの右隣でスタンバっているエルウッドさん。その両手には既に火炎魔法が発動している。
「大丈夫だよ、エルウッド。俺がナジームには指一本振れさせはしないから」とナジームさんの左隣で両腕に斧を持って振りかぶっているベイルさん。
「本当に俺が先に見つけても、打たない方がいいんだな」と中列で弓を引き絞ってのノエルさん。
そして……「ナジームさん、いつでも発射準備はオッケーですよ。トリガースタンバイ」と私。
「ありがとうございます。サファイヤさん……さぁ、来ましたよ」とナジームさん。
すると、不気味な足音とともに眼前には、スカルファイヤーにマグマオーガ、ユニコーンラビットにファイヤーウルフ。今までの私達だったら間違いなく、すぐさま岩場に隠れてベイルさんやエルウッドさん、そしてノエルさんにお願いしていた強敵だ。
でも、今日は違う。今日は私達が主力となってこの難敵に立ち向かわなければならないのだ。
そうしなければ、おそらく私達はこの先どこかできっと躓くだろう。そして運が悪ければその時点でジ・エンドなのだ。
相変わらず最前列に立ってモンスター達を睨みつけるナジームさん。
「別に最後列でもお前の攻撃力には変わらないだろう」とエルウッドさんが散々言っても、「自らの命を奪ったものの顔を知らないままでは、それでは彼らに申し訳が立ちませんから」とナジームさんは頑として後列に移ろうとはしなかった。
きっとそういう覚悟が今日は必要だったのだろう。
最後にはエルウッドさんが折れて、「じゃあ、しゃーねーなー。今日だけは死ぬ気で守ってやるから、最前列で好きなだけ戦って来い」と言うと、「大丈夫だエルウッド、このベイル様が、ナジームには指一本振れさせやしないから」とベイルさんが声高に宣言する。
すると、ナジームさんは通常では考えられないほど速いタイミングでモンスターに向かって歩み出る。
そして……「天堂的蝴蝶(チンタンドゥフーリエ)」と言って10枚の「チップソー」をモンスターの上空に高々と放り投げた。
ナジームさんのマナを得て青白く光る10枚の「チップソー」。まるでそれら10枚が各々の意思を持つようにモンスター達の上空でゆっくりと旋回している。
自らの頭上で旋回する我が身の命を狙っているであろう銀盤を目にし、モンスター達は金縛りにあったように動けなくなっている。
すると……「サファイヤさん、お願いします」とナジームさん。
ナジームさんの合図で私はトリガーを引く。
ガソリンの入ったペットボトルロケットがモンスター達に向かって次々と着弾した。
その直後、「ファイヤ」とエルウッドさんが火炎魔法を発動させる。
その途端、黒煙を放つガソリンの炎に巻き込まれるモンスター達。
予想外の攻撃でガソリンの炎に炙られたら、いかに炎属性を持つモンスターと言えども無傷では済まされない。
そして、地上で燃え盛る炎に気を取られた瞬間……上空で殺意を持って待ち構えていた「チップソー」が一匹の残らずその命を刈り取っていった。
決着は一瞬だった。
「すげえな……」とエルウッドさん。
「瞬殺だぜ」と感嘆したようにノエルさん。
「俺の出番は全く無かったわ」とあきれるように首を振るベイルさん。
その最中も、ナジームさんは手を合わせて、たった今、自らの手で屠ったモンスター達に手向けの祈りを捧げている。
後ろから見ている私から見ても、それはとても荘厳に見え、話しかけられるような雰囲気ではなかったのだ。
しばらくして、ようやくエルウッドさんが、「なあ、ナジーム、さっきお前が言ったアレどういう意味だよ?」と。
すると、ナジームさんはようやく顔を上げ、「あれは極楽蝶という意味ですよ」と……
「極楽蝶?」とエルウッドさんは聞き返す。
「はい、極楽蝶とは私達が言うところの揚羽蝶の事ですよ。仏教では蝶は極楽浄土に魂を運んでくれる神聖な生き物なのです。きっとあの火炎地獄の中にいた彼らを私が放った極楽蝶が極楽浄土へと導いてくれたのでしょう」
ナジームさんはそう言うと、まだ黒煙を上げ続けているモンスターの躯に向かって再び手を合わせた。
その時見た、炎に照らされたナジームさんの横顔は、とてもこの世のものとは思えない程に美しかった。
………その日の夜、
『宿屋アニータ』の8号室では、サファイヤが買ってきたポータブルLEDライトの下、ナジーム・アラ・サフィン・ルーズベルトが手紙をしたためていた。
使っているペンも万が一と思い、あちらの世界からサファイヤが買ってきた防水インクのボールペンだ。
ナジームは3センチ四方の油紙にこう綴る。
「サファイヤ嬢 覚醒せり」
それだけで十分だ。
ナジームはその手紙を小さく丸めると小指ほどの大きさの筒の中に入れる。
そして、窓を開けて指笛を吹いた。
それは人間の耳には聞こえない超高音の指笛だ。
すると近くの木に止まっていたカラスがナジームのいる部屋へと入って来た。
ナジームは、「ご苦労様です、クロウ」とそのカラスの頭を撫でると、ご褒美の干し肉を差し出す。
美味しそうに干し肉を啄むカラス。
そして、「それではこれをよろしく頼みますね」と、クロウの足環にその筒をしっかりと取り付ける。
するとそれが合図となったのか、漆黒の羽を持つカラスは、大きく二、三度羽ばたくと、闇夜の中へと消えていった。
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