第26話 同伴ってなーに? その3
「なー、サファイヤ、サファイヤ、サファイヤー、アレなーに?アレなーに?」とエルウッドさん。
「あれはエレベーター、あの箱の中に入ると上や下の階にいける機械です」
「スッゲー!!」と目をキラキラさせてエルウッドさん。
「なー、サファイヤ、サファイヤ、サファイヤー、アレなーに?アレなーに?アレなーに?」とエルウッドさん。
「あれはエスカレーター。動く階段。上の階に行けたり下の階に行けたりする機械です」
「カッケー!!」と声をキンキンに響かせてエルウッドさん。
ある程度覚悟はしていたけれど、思ったより、……キツイ。
私は今一度、エルウッドさんを階段横のベンチに座らせて、もう一回言い含める。
「いいですか、エルウッドさん、あなたをリーダーだと信用して私は今日、一番最初に連れてきたんですよ」
「うんうんうんうん」
「今日は、インフォメーションセンターに行って『グランド デポ ファミリーカード』を受け取って、それから、足りなくなったガスボンベや石鹸やティッシュペーパーなんかを買い物するんですよ」
「うんうんうんうん」
うわ、もう、全然信用できない。暗雲が立ち込める今日のお買い物。果たして私は無事帰ってこれるのでしょうか?
「うっわー、あれすっげーなー、サファイヤ。食べ物屋さんがいっぱいだー」とフードコートを見つけるなり、首輪の外れたワンコのように走り去っていってしまったエルウッドさん。いっそこのまま『グランド デポ』に置いてってしまおうかと誘惑に駆られてしまう。
我慢よ、サファイヤ、我慢。大人になるのよサファイヤ。
こういう時は……と、とりあえず、エルウッドさんにはフードコートでたこ焼きと焼きそばとソフトクリームで朝っぱらから血糖値クライマックス攻撃でドンッ!
すると、途端にスン……と静かになるエルウッドさん。お前は幼稚園児かオイッ!!
どうにか予定通りにファミリーカードを回収してガスボンベを買い漁っていると……「サファイヤー、俺、もうー、寝るー」とエルウッドさん。
おい、まだ、朝の11時やぞ、正気かお前!!
「エルウッドさん、買い物まだあるんですから、頑張って!!」と声を掛けるも、
「俺、もう、だめー、ここで寝るー」となんと通路のど真ん中で寝始めた。ガッテム!シッ○!!
「もう、エルウッドさん、こんなところで寝ないでください!!さっ、ほら、頑張って」と必死に腕を引っ張って、なんとかキッズスペースを見つけると、ゴムボールの海に放り投げた。
「エルウッドさん、まだ残っている買い物買ってきますから、絶対ここから動いちゃだめですよ」とそれだけ言い残し私は一人で買い物を続けることにした。
こちらの世界でもあちらの世界でもまだ家庭は持ったことは無いが、お母さんの育児の大変さというものを私は今日一日で身をもって体験した。あーもー、残り時間40分!!
私はこの東京ドーム6個分の広さを持つ馬鹿でっかい『グランド デポ』の中を必死で走り回る。
ベイルさんのチェーンソーのオイル、ノエルさんの矢の羽につかう軽量カーボン板、ナジームさんの美丈夫な肌を潤わせるメンズ用の乳液、そしてティッシュにトレペにトイレの芳香剤。あーもー、いくら時間があってもきりがない。
しかし、「ダンジョン204高地」で幾度も死線と修羅場をくぐってきたおかげか、ここ一番で火事場のバカ力を発揮して、なんと、残り10分で全てのお買い物を終わらすことができた。
サファイヤ、えらーい。自分で自分を褒めてあげたい!!
と、バーンアウト症候群のようなメンタルでキッズスペースにエルウッドさんを迎えに行くと……はい、やっぱり思った通り、そこにはエルウッドさんはいませんでしたー。(ウフフフ、ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"アアア
念のため、ゴムボールの海の中も探してみるが、やっぱりいない。いっそのこと溺れていてくれたらよかったのに。
あのバカ、一体どこ行きやがったんだ。時計を見る、残り8分……でも、もしかしたら、時間になったら強制的にあちらの世界に送られるかも……なんて思ってたら、ふと、なんか嫌な予感が。
そういえば、さっき受け取った『グランド デポ ファミリーカード』どこやったかしら……とポケットの中を探ってみたけど…………無い無い無い無いどこにもない。
そういや、さっき、あのバカがぐずって動かなくなった時に「ほら、このカード使ってあそこでジュース買ってきていいわよ」ってカード渡してから返してもらってなかった……背中にぞぞーっと嫌な汗が流れてきた。
すると脳裏に、いまだにベイルさんのチェーンソーうらやましそうに見ていたエルウッドさんの顔が浮かぶ。勘弁してよ、チェーンソーなんて買われたら、口座の残高いくらになっちゃうのよ!!
最近ちょっと使いすぎだから頑張って押さえてたのに……あー、まったくもー、エルウッドの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……と思っていたら、
「おーい、サファイヤーどこ行ってたんだよー」と私の姿を見つけて手を振りながら走って来るエルウッドさん。
途端にへなへなと体の力が抜けていく。ああ、よかった、取り越し苦労とはこういう事か……とゴムボールの海の中でペタンと座り込んでしまった。
まあ、結果オーラーイ。じゃあ、さっさと帰ろうと思ったら、「ああ、こちらが日渡様でらっしゃいますか?」となぜかビシッとスーツを着て、シャキーンと黒ぶち眼鏡をかけた、『グランド デポ』には似つかわしくないビジネスマン風の男の人が……えーっと、あんた誰?
するとその七三のサラリーマンが「実は先程、旦那様が当店のウォーターサーバー「深海6000くん」をご契約いただきまして……………………」
その辺で、その日の記憶は途切れている。
ゴポ ゴポ ゴポン。
ウォーターサーバーの『深海6000君』から間抜けな音が聞こえる。
「いやー、やっぱ、海洋深層水ってのは一味違うなー、これが水素の味かー」と今日5杯目の水を美味しそうにゴクゴク飲むエルウッドさん。
ボロボロの廃屋にそこだけは似つかわしくなく、ピカピカのウォーターサーバーがドンと置かれている。
ガスも水道もまだ通ってないというのに、よりによって最初の設備がウォーターサーバーかよ!!
あのあといくらエルウッドさんに行っても「いいじゃん、サファイヤ、だって水代が無料なんだぞ!!」と聞く耳持たないエルウッドさん。本人的にはとってもいい事したと思ってるから余計に始末に負えない。
だから、ウォーターサーバーのレンタル料はともかく違約金がクソ高いんだよ、この手の機械は!!
「だって、ずーっと使い続ければいいんだろー?」と能天気なうちのリーダー。
このサーバーのレンタル期間は三年縛り、いっとくけど、この廃屋、今んとこ三カ月しか契約してないんだからね!!
こんなどうでもいいウォーターサーバの為に貴重な電力も使わなきゃならないし……
「だったら、使わないときには電気切っときゃいいじゃん」と……
だから、電気切ったら雑菌が繁殖して飲めなくなるってこのマニュアルに書いてるだろーがよ!!
私がいくら説明しても、口をポカーンとあけて、「でも、水代タダだからお得じゃん」と馬以上にバカの耳に念仏なエルウッドさん。
なんとか返品しようと頑張ったのだが、どうしても返品される場合には、『グランド デポ』の外にある会社までウォーターサーバーを持ってきてくださいと言われて敢え無く挫折。
ああ、もう、こんなバカ連れて来るんじゃなかった!!!!
その時また、ゴポン とウォーターサーバーから間抜けな音が聞こえた。
「うーん、やっぱりただの水はうっめーなー」
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