第9話 ダンジョン「204高地」再び その2
「今だー!!」
エルウッドさんが叫ぶと同時に私たちは一気に階段を駆け上る。
フロア4へと続く道まで、あと10m、7m、5m、3m、1m、そしてついに扉に手が掛かった。
扉を開けると次々とフロア4に飛び込む私達。
まずは私が、そしてエルウッドさん、ノエルさん、ナジームさんが……そして、ベイルさん……ベイルさん?……ベイルさん!?!?、ベイルさんが来ない!!
すぐにベイルさんが居ないことに気付いたエルウッドさんが再び扉を開けると、そこで目にしたものは……
ベイルさんが階段の途中で身を挺して、モンスターが侵入するのを防いでくれていたのだ。
私は思わず叫んだ。
「ベイルさん、何やってるんですか!!、早く、早く、階段を上がってください」と。
すると、「ダメだ、サファイヤちゃん。ここで足止めしないと、こいつらまでフロア4に行っちまう。俺がここで足止めしとくから、早く、『リターン』を唱えろ!!」と。
「ダメです、みんなで一緒に帰るんです」
「頼む、お願いだから、早く、早くその扉を閉めるんだ」とベイルさん。
すると、エルウッドさんが「サファイヤ、さっきの缶はもうないのか!!」と。
もうガスボンベは全て使い切ってしまったのだ。私は力なく首を振る。
もう、ガスボンベもオイル缶もない……一縷の望みを託してバックの中を探ってみたのだが、やはり、ガスボンベもオイル缶も全部尽きてしまっていた。
すると、「エルウッド、『ファイラ』でどうにかできないか?」とナジームさんが……
「だめだ、モンスターと近づきすぎる。『ファイラ』を打ったらベイルまで巻き添えだ」と力なくエルウッドさん。
「ノエルは?」
「ゴメン、もう、矢が尽きちまった」と項垂れて言うノエルさん。
「早く、扉を……」ベイルさんの体力もそろそろ限界に近づいて来た。
と、その時、バックの中に柔らかな感触が……これは、ホットケーキミックス!?!?
その時、私の頭の中で何かが繋がった。
私は特売で買ったホットケーキミックスを取り出すと、ナイフで袋を突き刺し始めた。
「なっ、何やってんだ、お前」とエルウッドさん。
私は袋をナイフで突き刺しながら、
「エルウッドさん、お願いです、私の合図で、『ファイラ』を打ってください」と。
「……分かった」
一瞬でエルウッドさんに私の覚悟が伝わった。
私は穴だらけになったホットケーキミックスの袋を片手で握りしめると、駆け足で階段を下りていく。
「来ちゃだめだ、サファイヤちゃん!!」ベイルさんが叫ぶ。
私はベイルさんの5m手前で足を止める。そして……「私の合図とともに、ベイルさん、一気に階段を駆け上がってください」
ベイルさんにも私の覚悟が伝わったのか「分かった」と頷いてくれた。
そして……「行きますよ、エルウッドさん」
「おうよ!!」
私は大きく振りかぶってホットケーキミックスの袋をモンスターの頭上に投げつけた。
あちこちに穴の開いたホットケーキミックスの袋は、白い粉をまき散らしながらゆっくりとモンスターの頭上に落ちていく。
その途端、バニラエッセンスの甘い香りがダンジョン内に充満していく。
「……煙幕なのか?」とノエルさん。
「媚薬かなんかなのか?」とエルウッドさん。
モンスター達も予想外の行動にいくらか戸惑っている。
そして私はその隙を見逃さなかった。
「ベイルさん、今です、走って!!」
ベイルさんはスレッジハンマーごとモンスターを押し倒すと、階段の途中で反転をし、そのまま一気に階段を駆け上がる。
幸運が重なった。一瞬のタイムラグ、ベイルさんとモンスターの距離は5m。
そのままベイルさんは最後の力を振り絞り階段を駆け上がる。
だが、アンデッドウルフの足はそれよりもはるかに速い。
ベイルさんとアンデッドウルフの距離がみるみる縮まっていく。
3m……2m……1m……とその時、「今です、打って!!」
エルウッドさんはモンスターの頭上に向かって『ファイラ』を打った。
直後……「ドゴォォォーンッ!!」と大きな爆発音が!!
思わず、その爆発音に反射的に足が止まってしまったアンデッドウルフ。
タッチの差でフロア4の扉を潜り抜けたベイルさん。
ベイルさんが通り抜けたと同時に扉を閉めると、「ゴゴゴゴゴゴゴーゴゴー」と爆発の衝撃により落盤する音が響いて来た。
「なっ、なっ、なんだよ、今のは」と慄いた様子のエルウッドさん。
「えっぐ……」と言ったまま黙りこくってしまったノエルさん。
「いや、すごいですね」と感心しきりのナジームさん。
「はっ、はっ、はっ、はっ、」と息も絶え絶えで目を白黒させているベイルさん。
皆さんの様子がひと段落してから、「粉塵爆発です」と私は今の現象を伝えた。
「粉塵爆発!?!?」とエルウッドさん。
「えーっと、それって、炭鉱とかで爆発するアレか?」とノエルさん。
「はい」と私。
「だって、石炭とか無かったぞ、ここ」とエルウッドさん。
「はい、粉塵爆発は小麦粉や砂糖の粉でも十分に起こせるのですよ」と私。
「はー、ものには聞いてましたが初めて見ました」とナジームさん。
「おれ、てっきり、煙幕かなんかを撒いたのかと思った」とノエルさん。
「ああ、自信満々の割には煙幕かよ!?と思ったんだけどな」とクックと笑いながらエルウッドさん。
「ともかく……これでまたサファイヤちゃんに命助けられちまったよな、俺達」とベイルさん。
「『また』ってなんだよ『また』って、そりゃ、今回はこいつのお陰で助けてもらってけど、俺は初めてだぞ、こいつに命救ってもらったのは!!」とムキになって親指で私のことを指さすエルウッドさん。
「何言ってんだよ、エルウッド。昨日だって、サファイヤちゃんにドンッて背中押されてなければ、お前、アンデッドウルフに喉首噛みちぎられて即死だっただろうがよ」とベイルさん。
「そっ、そんなことはねーよ!」とエルウッドさんはムキになって反論する。
「確かに……お前があそこで死んだら、俺達全滅だったもんな」とノエルさん。
「ちょっと、無理をし過ぎましたかね、私達は……」とナジームさん。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
皆が無口になる。きっと各々になにか心当たりがあるのだろう。
「とにかく、一旦、ベースキャンプに戻りましょう」とナジームさん。
「ああ」とエルウッドさん。
「正直、もう、戻れないかと思った」とノエルさん。
「サファイヤちゃんに感謝だな」とベイルさん。
「やっと、少しはお役に立てました」と私。
精も根も尽き果てたのか、へらへらと意味もなく笑みがこぼれる私達。
今やっと、「生きている」ということを実感できたのかもしれない。
「では、いいですか皆さん」
「「「おう」」」
「地上に戻りますよ『リターン!!』」
ナジームさんが杖を掲げてそう叫ぶと、私たちの体が光に包まれいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます