第8話 ダンジョン「204高地」再び その1
真白な光が消えていくと、そこは再びダンジョン「204高地」フロア5だった。
私は再び地獄に戻って来たのだ。
「ナニッ、テメー、戻ってきてんだよっ!!」
私の姿を見るなり、エルウッドさんが怒鳴りつける。
でも今なら分かる。これはエルウッドさんの優しさなんだ。
「サファイヤちゃん、エスケープしたんじゃないのか!!」
ノエルさんも私の姿を見つけるなり驚いた顔でそう言った。
でも、今は説明している時間などない。
「ナジームさん、私、どれくらいここにいなかったですか?」
「5,6分……くらいかな?」
そうか、あちらにいる時間とこちらでいなくなる時間は等しいのだ。
「でっ、今は状況はどんな感じですか?」と周囲を見渡しながら私。
「さっきから、あんまり変わらないなー」
ナジームさんは私を心配させないため、呑気そうにそう答えるが、どう見ても先程より状況は好転していない。
私達はモンスターの攻撃を避けるために岩陰に隠れながら、時折、ノエルの弓矢さんやエルウッドさんの魔法で反撃を試みている。
すると、「なんだ、サファイヤちゃん、戻って来ちゃったのか」と息も絶え絶えにベイルさんが……
先程ファイヤーウルフと戦った際に負傷したやけどの跡が痛々しい。ゴメンなさい、ベイルさん、私が『ハイラー』を唱えられないばっかりに。
「ナジームさん、私達、どうしたら、ここから撤退できますか?」
ナジームさんはモンスターからのダメージを少しでも減らせるよう、周囲に防御魔法をかけながら、私の質問を答える。
「最後に一か八か『エスケープ(離脱)』を唱えるよ」とナジームさん。
「いや、そうじゃなくて、どうやったらいつも使える『リターン』を使えますか?」
一か八かの『エスケープ』では意味が無いのだ。ここはみんなが確実に帰れる『リターン』でなくては!!
「そりゃー、ここにいるモンスター全部倒すか……もしくは、モンスターがいなくなったフロア4に戻れば使えるさ」とナジームさん。
「フロア4に?」
「そうさ、俺達があの階段を上ってフロア4に戻ればね」
そう言って指さした先にはフロア4に続く階段が……そしてそこには私達パーティーの天敵であるファイヤーウルフが群れを成して待ち構えていた。
「つまり、あそこにいるファイヤーウルフを倒すか退かすかしてフロア4に戻れれば、私達、『リターン』でベースキャンプに戻れるのですね」
「ああ、そうだね、サファイヤちゃん」
ナジームさんはそう言うとニッコリと笑った。でも、それが、今の私達にとっては不可能であることをこのパーティーの皆は知っているのだ。
その間も、モンスターたちの攻撃が止まらない。
でも、それは『今までの私達だったら』不可能だったのだ。『今の私達』ではない!!
私はぐっと歯を食いしばり、覚悟を決める。
そして……「エルウッドさんお願いがあります」と。
「なんだよ、サファイヤ。こっちはそれどころじゃないんだよ」
その間もエルウッドさんは炎魔法を使いながらモンスターを近づけさせないでくれている。
でも、エルウッドさんのMPが無くなった瞬間、ここにいる全てのモンスターが一斉に襲い掛かって来るのだ。
私達のパーティーは既に絶望のカウントダウンが始まっている。
「エルウッドさん、お願いです。私が今から投げる缶に向かって、『ファイヤ』を掛けてほしいのです」
「今から投げる缶?」
「はい」
「『ファイラ』でも『ファイガ』でもなく、『ファイヤ』でいいのかよ」
「はい、『ファイヤ』で十分です」
普段だったら私のお願いなんか滅多に聞いてくれないエルウッドさんがこの時ばかりはすぐにお願いを聞いてくれた。
きっと私の覚悟が伝わったのだ。
「分かった」
「じゃあ、今からこの缶をモンスターの群れの中に投げ入れます」
私はそう言うと、皮のバックの中から、ガスライター補充用のガスボンベを取り出した。
「それをか?」
首を傾げてボンベを見つめるエルウッドさん。
「はい、これをです」
私はそう言うと、ガスボンベを握りしめ、モンスターの群れの真ん中に投げ入れた。
「今ですっ!!」
「おうよ、『ファイヤ』」
直後、エルウッドさんの指先から放たれた『ファイヤ』が私の投げたガスボンベの中心を射貫く。
すると、「ボォーンッ!!!」と今まで聞いたこともないような破裂音がダンジョンの中に響き渡った。
「なっ!なんだコリャ!!」
最初に反応したのは、すぐそばで横たわっていたベイルさん。
「まだまだ行きますよ」
私はモンスターの群れの中に次々とガスボンベを投げ入れる。
そして、それを百発百中で射貫くエルウッドさん。
流石は火炎魔法の免許皆伝を持っているだけのことはある。
「こっ、これは『イオ(爆発魔法)』か!?!?」と驚いた様子のノエルさん。
本物の『イオ』の威力には到底及ばないが、それでも爆発音だけは負けてない。
次々と爆発するガスボンベの音に慄(おのの)き、モンスターたちがどんどんと後ずさっていく。
「はっはっは、こーりゃおもしれーや」
思いもかけないアイテムの出現にエルウッドさんは大喜びしながら『ファイヤ』を打ち続ける。
「あと、エルウッドさん、これもお願いします」
私はそう言うと、モンスターの逃げたスペースに、今度はオイルライターのオイル缶を投げつけた。
直後「バーンッ!!」とオイルが飛び散ると同時に発火する。強燃性の油は一度地面に落ちるとしばらくの間は燃え続ける。
燃え続ける地面にモンスターは近づけない。
フロア4に続く階段までの道が開けた。
「今です、みなさん、階段まで一気に走り抜けます」
「「「おうよっ!!」」」とみんな。
オイル缶を爆発させながら走る私達。
モンスターは追ってくることすらできなくなっている。
そして見上げる先には私たちの天敵……いや、過去の天敵だったファイヤーウルフが……
階段の上から私達を睨めつけながら「グルルルー」と威嚇し続ける。
私は皮のバックの中からガスボンベを手にすると「エルウッドさん、もう、『ファイヤ』は打たなくていいです」と。
「わかった」
察しの速いエルウッドさんは既に理解したのだろう。
私はファイヤーウルフの群れの中に次々とガスボンベを投げ入れる。
直後……「ボーン!!」「ボボーン!!」「ババーン!!!」と次々とガスボンベがファイヤーウルフの出す熱によって爆発する。
ファイヤーウルフ達は慄いた様子で次々と階段から飛び降りていく。
遂にフロア4へと続く階段が開けたのだ。
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