第21話 聖騎士の行方

「落ち着いてください、リア様っ!」


「ゲルトのところへ行くわ!」


 隅々まで掃除の行き届いた廊下で、リアは必死にコリンナの手を振りほどこうとしていた。騒ぎを聞きつけた使用人たちが数人集まってきているが、遠巻きにおろおろするばかりで、コリンナに加勢するのを忘れている。

 

 不安と怒りで押し潰されそうになりながら、リアは懸命に目的地に辿り着こうとしていた。体格もほぼ互角であるコリンナの力はリアと拮抗しており、いくら腕を取って、引き留められようとも、少しずつ進むことはできる。

 

 目指すは、北側の二階にある部屋だ。

 クラウスの雇う屋敷の衛兵が厳重に固めている場所。


 ゲルトが連れて行かれたあと、コリンナに居所を聞いたところ、おそらくは北にある使用人部屋のある一画だろうと言われた。以前はそこも部屋として使用していたらしいが、ある時から物置のようになってしまったらしい。クラウスが気に入った品を蒐集するので、飾り切れず押し込めてあるとのことだった。

 

 コリンナの話では、ゲルトが連れて行かれてすぐ、そこにクラウス付きの護衛騎士が扉を守るように立つようになったそうだ。だから、間違いなく、ゲルトはその部屋に閉じ込められているだろうとのことだった。時々、中に食事が運ばれているという情報も、他の使用人から入っているそうだ。

 

 当初コリンナは、三日もすれば戻って来ると言った。

 だから、リアもそのつもりで待った。不安で仕方なかったが、泣いても嘆いても変わらないと思ったのだ。だからじっと耐えてきた。

 

 けれど、三日経ってもゲルトの姿が見えない。

 もう限界だと思った。

 

 ゲルトが、この屋敷内での絶対的な権力者に歯向かい、更には剣を向けてしまったのは、リアを守るためだ。リアのせいで閉じ込められ、自由を奪われている。そんなことに長い時間耐えられるわけがない。

 

 あの夜以来、クラウスはリアの元を訪れなかった。食事さえ、共にとろうとしない。

 有難い反面、ゲルトのことを問いただせないのには困った。


(居場所がわかっているなら、強行突破すればいい)


 じりじりと過ごてきて、ようやく迎えた三日目の朝。

 ついに我慢の限界を迎えたリアは、ゲルトの囚われているという北棟の物置部屋へと向かったのだ。だが、コリンナが慌てて引き留めようと腕を取り、それを引きずる形で今、廊下を進んでいる。


(ゲルト、待ってて)


 おそらくは、ただ監禁されているわけではあるまい。

 手足を拘束されているか、寝台に括り付けられているか——酷い暴力を受けている可能性だってある。

 

 そう思うと、涙が滲みそうになるので、敢えて考えまいとしてきたが、どちらにしろ三日間閉じ込められているというのは尋常ではない。


(いや、甘く見積もり過ぎていたんだわ)


 コリンナが三日と言うから、リアは素直にそれを信じ、静かに待っていた。

 だが、クラウスに剣を向けたことを考えれば、牢屋に入れられてもおかしくなかったのだ。


 この屋敷の地下にも、古い地下牢があると聞いた。

 むしろ、牢屋だって甘いのかもしれない。即首を切られることもある。

 リアは自分の浅はかさに吐き気がして、唇を噛んだ。


(私が助けを求めなければ……)


 助けを求めたと言っても心の中だけで、口に出したわけではない。

 けれど、なぜだろう。

 リアが必死でゲルトを呼んだから、ゲルトが駆けつけてくれたのだと思ってしまう。

 そんなことはあるはずはないのに、あそこでリアがクラウスを大人しく受け入れていれば、ゲルトがクラウスに刃を向けず、閉じ込められることはなかったという気がしてならない。


「ごめんね、コリンナ」


 リアはちらりとコリンナを見た。


「え?」


 コリンナの手がわずかに緩む。その隙をついて、リアは駆け出した。


「リア様!」


 コリンナも慌てて追いかけてくるが、リアには追いつけない。

 廊下に居合わせた使用人たちは一様に騒然としている。

 普段動きの少ない聖女の仕事をしていたが、空き時間にはよくゲルトと神殿周囲の草原や森を駆け回っていた。足には自信があるのだ。

 以前、コリンナに案内された北棟に向かって、リアは必死に足を動かした。

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