第22話 囚われの聖騎士

「いない……」


 扉の前に直立姿勢で立っていた衛兵の腕を搔い潜りながら、リアは樫の木の扉を押し開けた。そこにゲルトがいると信じていたから、無謀にも剣を腰に佩き、厳しい顔をした衛兵を突破し、部屋に飛び込んだのだ。

 

 最初に見えたのは、闇だった。そして、鼻につく湿った埃っぽい空気。目が慣れると、

 窓にかかる厚手のカーテンと、壁に沿って置かれた大小さまざまな美術品や甲冑か何かがぎっしりと置かれているのが見える。

 唯一の光源は、カーテンの隙間から洩れるわずかばかりの光だ。

 そこに、人の気配など全くない。

 ただの物置部屋だ。

 

 呆然としながら、それでも骨董品が並んだ棚と棚の間や、等身大の彫像などの陰に人の姿がないか目を凝らしていると、リアの手首を強く掴む者があった。


「勝手に入らないで下さい」

 

 不意を突かれ、強行突破された衛兵が渋い顔でリアの背後に迫り、腕を掴み上げた。そして、そのまま引きずるように廊下へと戻る。


「ここは宝物庫です。あなたの探す人間はいない」

 

 見下ろすようにしてリアにそう言い、手首を放す。


「え?」

 

 驚いて衛兵を見返すと、彼は曇った表情のまま口を結んでいる。

 思ったより若い青年で、リアとそう変わらないように見えた。

 短く切り揃えた栗色の髪に、同じ色の瞳をした真面目そうな青年だった。


(探す人間はいない……?)


 彼は確かにそう言った。

 リアが部屋に飛び込んだ理由など知るはずもない彼が。

 不審に思い、口を開きかけたとき、コリンナがバタバタと走り寄って来た。


「リア様っ……」

 

 息を切らしながらも、リアの傍らに立ち、眉を寄せる。


「リア様、勝手は困ります」

 

 咎めるように言いながら、ふいにリアの対面にいる衛兵に目を向けると、コリンナは目をぱちくりと瞬いた。


「アルバン、何でここに」


「戻ってきたら、ここの見張りをするようにって言われた」

 

 衛兵はアルバンという名のようで、どうやらコリンナとは知り合いらしい。

 最初は訝しく思ったが、そもそも屋敷に勤める者同士だ。顔を知らない方が不自然だと思い直す。


「あ、そうなの……じゃなくて、ゲルト様はどんな様子なの? もう三日目よ」

 

 コリンナが声を潜めて言い、アルバンの顔を窺うと、アルバンは困ったように眉を寄せ、首を振る。そして、コリンナの耳元に顔を寄せ、声を殺して言う。


「ここにはいない」

 

 その言葉に、リアとコリンナは目を見開いた。


「いない……ですって?」

 

 コリンナが心底信じられないというように、手を口に当てると、アルバンは周囲に目を走らせて、誰もいないのを確認してから、小さく息を吐いた。


「そうだよ。ここにはいない。クラウス様は目眩ましにここを利用したんだ」


「目眩ましって?」

 

 リアが焦って問うと、アルバンは視線を逸らし、首を振った。


「すみません。人から聞いた話で、確証は持てませんが……ゲルト様は別の場所に監禁……されているらしいです。でも、表向き……というか、あなたにはここにいるように思わせたかった。だから、わざわざ衛兵を立てたんです」

 

 リアは息を呑んだ。

 ゲルトは別の場所に居るのだ。その事実に愕然とし、体がふらっと傾ぐ。だが、すぐにコリンナが腕を伸ばし、支えてくれた。


「アルバン、あなたその話……」

 

 コリンナが不安そうに瞳を揺らすと、アルバンはふっと頬を緩め、口角を上げる。


「俺は口止めされなかった。秘密を漏らして咎められるということはないよ。今朝までここに張り付いていた奴は、口外を禁じられたらしいけど」

 

 それを聞き、コリンナはほっと胸を撫でおろすが、すぐに表情を引き締めた。


「アルバン、ゲルト様の居場所に心当たりは?」


「確かなことは言えないけど、領地より外には出ていないと思う」


「そうよね……ここには食事も運んでいるのを見たけど、もしかしたら他にもあったのかも」

 

思案顔のコリンナ、アルバンも頷いた。


「誰かしら情報を持ってるかもしれない。あとでそれとなく聞いてみるよ」


「私もそうするわ」

 

 コリンナとアルバンは目線を交し、深く頷き合う。

 二人はゲルトを探してくれるつもりのようだ。

 知り合いというより、かなり親しい仲のように見える。

 二人を見ていたら、ふいにゲルトと自分を重ねてしまい、リアは目を伏せた。


(ゲルトの居場所……)

 

 モルゲーン屋敷やその周辺の地理に疎いリアにとって、ゲルトの居場所を推し量るのは無理な話である。更にリアはクラウスの人となりをあまり知らないのだ。

 

 自分に楯突く人間、自分に刃を向けた人間へ、どの程度の報復をするのか、罰を与えるのか、わからないのである。だからこそ、ひどい不安に駆られた。


(クラウスに聞けばいい)

 

 クラウスならば、ゲルトの居場所を知っているはずだ。あの憎らしい漆黒の瞳を持つ男ならば。

 思い立った瞬間にはもう走り出していた。


「リ、リア様⁉」

 

 虚を突かれたコリンナは慌てたように声を上げ、一拍遅れて走り出す。


「クラウスに問い質すわ!」

 

 リアは肩越しに振り返りそれだけ言い置くと、頭の中の地図を広げ、急いでクラウスの執務室に向かった。

 何が何でもゲルトを取り戻すと心に誓いながら。



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