第7話 追放
あああ…
なんて事を…
なぜこの名前を今まで思い出せなかったのか…
自分の脳の朦朧加減に情けなくて涙が出て来る。
目立たない子で殆ど話したことはなかったと思う。
昔々小学校の同級生に若命という者がおった…
ワカメはきっと若命の子供だ…
ワカメは同級生の子供だ…
あああ…
なんて事を…
自分がキライキエタイ…
でも…
ワカメの方から来たし…
自らクルマに乗って来たし…
ワカメが無理やり部屋に…
いや…
無理やりではなかったけど…
ベッド脇に罠が仕掛けられていて…
罠っていうかそのゴミが…
滑って倒れて…
ううう…
16という数字に狼狽えていると履歴書の日付が3年前になっている事に気づいた。
今のワカメは…
19歳…
それにしたって30も…
ああああああああ…
自分がキライキエタイオナカイタイ…
どうにもならない…
今までだってそんな事はいっぱいあった。
諦める事だらけだ。
いつもの様に…
殺そう。
ワカメへの気持ちを殺して消えてくれるのをじっと待つしかない。
早く忘れよう。
ワカメにはもう会わない。
ワカメが目覚める前に出ていこう。
車に乗ると遣る瀬無くて涙が止まらなかった。
泥の中に居る様な重たい日々を朦朧と彷徨い辿り着く∴
「ハァーハァー…」
硝子のドアの前に立っている∴
恋とは恐ろしい病だ。
ワカメにはもう会わないと誓った涙は無かった事になっていた。
辛過ぎて壊れる前に脳内自己防衛システムが作動し記憶を消し去ってくれたのだろう。
「ハァーハァー…」
右足になにか触った…
ハァハァハカッハァハァ…
「すみませんねえ普段は怖がりさんで知らない人の所へは行かないんですけどねえアンちゃん今日は…」
昔から子供と老人と変態と、ワンコには何故かモテる。
今まで湾だと思っていた名前が聞き違いだった事が判明した。
アン…であった。
耳が耄碌している。
漢字で杏と書くのかもしれない。
或いは…餡…案…
Annの飼い主はまだしゃべっている。
「…ほんといつも人見知りで大人しいんですけどねえすみませんねえそれでは失礼しますねえ」
行ってしまった。
その日ワカメは現れなかった。
部屋まで行っても会えなかった。
その日から何日もワカメを探し求める日々が続いた。
***
出向先では相変わらずミスを連発していた。
暗い気持ちで昼休み。
食堂で大音量の噂話をBGMにキライな魚を食べている。
大好きなラーメンは売り切れだった。
何を食べても味がしなくなっていたのでどちらでもよかった。
虚ろな目で機械的に魚を口に入れていると、視界に見覚えのある顔があった。
あれは…
Annの飼い主?!
首にかかる社員証が見えた。
………
目がおかしくなってしまったのだろうか…
恋とは恐ろしい病だ。
何度まばたきをしても同じだ…
何気なく流れていたBGMがくっきりと脳を貫いた。
「若命さんってお子さん亡くなったんだってねぇ」
「そうそうそうそう」
視界が歪んだ。
目眩がする。
今食べた魚や身体の中のものすべてが溢れ出そうになるのを必死にこらえながら、もっと涙腺の筋肉鍛えておけばよかったなと思う。
「ねぇねぇこの人って…?」
「そうそうそうそう」
「PCぶん投げちゃった人?」
「そうそうそうそう」
「この間のシステムダウンしてたのも…」
「そうそうそうそう」
「また今日も何かやらかしたのかしらねぇ」
「ねぇあらあら…」
「かわいそう…」
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