第4話 病

 ワカメを食べる∴


 ワカメスープワカメサラダワカメゴハンワカメスノモノワ…


 ワカメに取り憑かれた日々が続いている。

 ワカメのおかげかお腹の調子だけは良い。

 それ以外は最悪だった。

 ワカメだらけの海に溺れて息が出来ない。

 いつまで漂流し続けるのか、終わらない虚しさに気が狂いそうになる。

 動悸が止まらない。

 誰かに髪を引っ張られている感覚が消えない。

 禿げそうだ。

 更に職場では上の空で、今まで誰もした事の無い様なミスをして泣きっ面に蜂状態だった。

 苦しい。

 このままでは死んでしまう。

 病院で恋の病は治して貰えるのだろうか…


「ハァーハァー…」

 朦朧と彷徨い無意識に辿り着く∴

 虚ろな目の前に入り口が現れた。

 硝子のドアの前に立っている∴

 またワカメの所へ来てしまった…∴


 あれから何度来てもワカメは姿を表してくれなかった。

 辞めてしまったのだろうか…

 ワカメを見れば余計に辛くなる。

 無駄な事だと解っていたからここへはもう来ないと決めていた。

 早く忘れたかったのに…

 欲望がルールを破る。

 ワカメを一瞬だけでも見たい…

 存在を確認したい…

 確認したらすぐ帰るし…

 でも確認したってどうにもならない…

 どうにもならないかもしらんがきがすむし…

 きがすんだってくるしいことにかわりはない…

 くるしいからすこしだけでもしあわせがほしいし…

 しあわせにはなれんしどうせわかめはおらんぞ…


 硝子のドアの前、脳内の天使と悪魔のせめぎあいにうんざりしていると右足になにか触った…


「ヒァッ!?」


 お前は…

 Oneでないかい?

 取り憑かれたように、湾に手が伸びる∴


 椀は全力で逃げて行った。


 うっっ…

 触らせてくれなかった…

 泣きっ面に蜂二匹目。

 伸ばしたままの手に雫が落ちる。

 どんどん落ちる。


 ザッと雨が落ちる。

 慌てて軒下に避難するけれど大分濡れてしまった。

 寒い…

 身も心も…

 泣きっ面に蜂三匹目。


 軒下には何人か雨を避けて佇んでいた。

 黒い空が光って悲鳴があがる。

 何気なく横を向くとワカメが立っていてビックリして可愛くて速攻顔を戻す。

 真顔。

 呼吸停止。


 ……………


 今の雷によって…

 ついに思い通りの幻を生み出せる力を手に入れてしまったのかもしれない…

 フゥーーーーーーー

 フゥーーーーーーー

 フゥーーーーーーーッ


 落ち着け…

 隣に居る~

 おちつけーーーっ!!!

 幻でもいい。

 もう一度ワカメを見たい。

 だけど緊張で顔が動かない。

 眼球だけをギリギリいっぱい横に動かしてワカメを確かめる…∴


 見えんっ!


 必死に目をギョロギョロさせていると雨は一層強くなった。

 体の全細胞をアンテナにして微弱なワカメ電波を探す。

 ワカメの声を微かにキャッチするが雨の音でよく聞こえないっ!

 あ~

 何話してるの?

 誰と話してるの?

 誰とも話さないで欲しい…

 誰の事も見つめないで…

 ジェラるーーー…


 雨が急に静かになりワカメの声を近くに感じた。


「……宣誓ー」


 ハッとして思わず顔を向ける…∴


「止みませんねー」

 ワカメがアンニュイな瞳でこちらを見つめている…


 ワシかーーーーーーい!!!


 ワカメが話しかけていたのはワシだった!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る