第2話 我々の名は

 後方から選手宣誓が聞こえた。

 勢い良く振り向くと、髪に留まっていた汗が散って額にベッタリと毛が張り付く。


「いらっしゃいませー」


 違った。

 選手宣誓じゃなかった。

 そらそうだ。

 耳が耄碌している。

 最後の「せー」しか合っていない。


 新しく入ったアルバイトだろうか…

 気付いていないだけで前から居たのかもしれない。

 微妙な色の依れぎみTシャツに微妙な丈のズボン、スニーカーも微妙にダサくて、ズボンからだいぶ見えている白い靴下が野暮ったさに止めを刺している。

 頭は小学生からずっと同じ髪型といった感じでモサモサだ。

 寝起きかもしれない。

 蒼白い顔は魂を完全に抜かれており、蒼白いというより緑だ。

 白緑。

 死んでいるのかもしれない。

 胸に付いた名札が目に入る。


 ク…カ……?


 良く見えない。

 ジリジリ近づいて目を凝らすと、マジックペンでひょろりと…ク…カメ…


[ワカメ]!


[ワカメ]の横にいる人の名札も見える…


[イチゴ]


 え…


 ニックネーム…


 食べ物縛りでつけたのだろうか…




 なかよし…


 他のニックネームも気になり名札を探す。


[イトウ]


[スズキ]


 あー…


 ニックネームじゃない…


 そらそうだ。

 勝手に全員ニックネームだと思っていたのでちょっぴり残念な気持ちになる。

 なかよしニックネーム食べ物縛りの夢は破れた。


 ん…

 ちょ待てよ…

 イトウ…

 スズキ…

 あ…

 魚!

 イトウスズキは魚だ!

 食べられる!

 食べ物縛りー!


 我ながら無理があるとは思いつつ、なかよしニックネーム食べ物縛りの夢を諦める事が出来なかった。

 もう一度、破れた夢を張り合わせようとしていたその時…


[クマ]が横切る。


 ナニィッ!?

 固まる。

 死んだふり。


 待て待て…

 えーっとぉー…

 クマはー…

 ニックネームでー…

 食べ物だ。

 よし!

 クマ食べるし右手は蜂蜜が付いてておいし…


 思わぬ出会いに童謡している。

 視界の端でスタコラサッサとお逃げになる[クマ]さんがヒラリと何か落とした。

 落とし物は白いコピー用紙。

 当番表?の様な物だろうか…

 紙の端に小さな朱色が並ぶ。

 あっ…

 あれは…

 ハンコではないか!?

 ハンコ…

 ということは…

 ついに…

 5人の真実が…

 今…

 明らかになる…


 トコトコトッコトッコと吸い寄せられ紙に手を伸ばす∴


[クマ]が横からシュバッとかっさらう。

 一瞬、紙が鮭に見える。

[クマ]さんは近くにぶら下がっているバインダーにペチッと挟んで立ち去った。


 あら[クマ]さん ありがとう!

 お礼に歌いたい気持ちをおさえて

 ラララ ラララララ~

 と、バインダーに近づく∴

 周りには誰もいない。

 バインダーは裏向きになっている。

 これをひっくり返せば…

 バインダーを掴む∴

「ハァーハァー…」

 脳内にドラムロールが響き渡る。

 ドゥルルルルル…


 クルッ

 お盆芸80%くらいの早さ。


(鈴木)

(一期)

(熊)

(伊藤)

(熊)

(熊)

(熊)

 ク


 ………

 斯くして、なかよしニックネーム食べ物縛りの夢は儚く消えた。


 鈴木さん伊藤さん…ですよね。

 一期さん…可愛さダウン。

 熊…さん…そのまま!

 ちょっと野性味増した!

 しかし…熊さんの負担多めではないか?

 ガンバです。


 ん?

 ク…

 手書きでクと書いてある。

 熊さん忙しくてハンコ出すのも面倒だったのかもしれない…

 ペンで殴り書きだ。

 オツです。

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