第18話 怠惰
さすがに夜風が涼しい季節になってきた。Bはすすけた黄色いTシャツの上から、すすけた黄色いパーカーを羽織った。パーカーはこちらに引っ越してくる際に持ってきた唯一のブツなのであった。
Aは洗濯したクリーム色の上着を着て清潔感を保っている。だが相変わらず作業場にこもるクセは治らなかった。
Bは冷蔵庫から瓶のバニラコークを取り出すと、気だるく飲んだ。気だるい朝の、気だるいバニラコークなのである。Bがソファにだらしなく座りながらテレビを見ていると、作業場からAが出てきてBに向けて言った。
「B、今日から朝食前に射撃訓練をするぞ」
「はぁ〜〜〜?なにそれ」
「文字通り、拳銃を使って射撃の精度を上げる訓練をするんだ、来い」
Bは明らかにだるそうにソファから腰を上げた。
作業場を通り越した場所にあるドアを開けた、ガレージの一番奥にそれはあった。
開けた場所で、奥には射撃対象となる丸が何重にも書かれた紙が吊り下がっている。
「俺が3Dプリンタで作った銃で、あそこの紙の中心を狙うんだ」
そういうとAは片手で奥の紙に向かって数発弾を撃ち込んだ。Bは音に思わず驚いて縮こまる。手前にあるボタンをAが押すと、ガーッと音を立てて紙がこちらに近づいてきた。Aが放った弾丸は、円の中心に集中している。
「な、簡単だろ?」
「こ、こうでいいの?」
「そうだ。片手で引き金を引き、もう片手は反動(リコイル)を受け止めるように添えるんだ。撃ってみろ」
射撃場に1発、銃声が轟く。
「どうした?1発だけじゃ敵は倒せないぞ」
「ひぃ〜〜〜〜」
ドンドンドンと再び射撃場に銃声が手短に響き渡った。
Aがボタンを押す。紙がこちらへとやってくる。紙のあちこちに弾丸の穴が空いていた。Bはシュンとしている。
「紙に当たっただけよしとするか。今日は以上」
「え。もういいの?」
「こういうのは毎日少しだけでいいんだ。根を詰めてやるものではない」
「やりぃ!」
それから2人はいつもの食堂に行き、いつものメニューを頼み、あっという間に平らげると再びガレージに戻ってきた。また空虚な時間が訪れたのだ。
「あ〜〜〜ヒマだぁ〜〜〜〜〜〜」
Bはかたし忘れた扇風機をつけて叫んだ。Aも珍しく作業場には戻らず、
「俺も今日は気分転換したい気分なんだよなぁ…」
といって頭の後ろ側をポリポリとかいた。それを聞き逃さなかったBは目を光らせる。
「じゃあ遊びに行こう!そうだアイス食べながらゲーセン行こう!」
「げーせん…パチンコ、パチスロ、ゲーセンは3大立ち寄らない場所なんだが」
「パチンコ、スロは分かる!でもゲーセンは安価でぬいぐるみなんかがゲット出来る場所でしょう?」
「欲しいぬいぐるみがあるのか?」
「それは……うん…まぁ行けば分かるよ!行こう行こう!」
そう言ってBはバイクを出しに外へと飛び出していった。
「…面白さが分からない」
Aはボソリと呟きながらコップの水を一杯飲み干してため息をついた。
Bのバイクテクは相変わらず粗暴だった。後ろにまたがっているAはたまったものじゃない。
「スピードを落とせ」
「えーなに聞こえなーい」
「落とせ!スピードを!」
「きゃはははーー
Bは完全に楽しんでいる。Aはついには諦めて、必死にBにしがみつくしかなかった。
「ここだよ」
Bはゲーセンの前でバイクを止めた。駅からそれほど遠くにない賑やかな場所にそれは建っていた。夏休みは終わったはずなのに日中から子供がたむろしている。
「早速入ろう!」
中に入ると、何かのBGMが爆音で流れている。Aは思わず耳を塞いだ。
「何だこの雑音は!!」
「気になる?」
「俺は騒音が大嫌いなんだ!何とかならないのか」
「こっちこっち」
Bに連れられていった先は、巨大なクレーンコーナーだった。いくつかある内の中でBはこれ!と指さした。中には丸っこい人形が一体、どーんとそびえている。
「これは?」
「えへへ…これは京都タワーのマスコットキャラたわわちゃん」
「たわわ…?」
「どうかわいいでしょう!一目惚れしちゃったんだよねー」
Aは黙ってケータイを取り出して、何やら黙々と打ち込んでいる。
「どしたのA?」
「見ろB」
BはAのケータイを覗き込んだ。
「同じものがフリマサイトにいくらでも売っている。億万長者なんだからいくらでも買え」
「えー?」
Bはハッカーだが、そういうところは抜けている部分があった。
「でも一回!一回チャレンジしてみてよ!お願い」
Aは黙って財布から硬貨をだし、1回だけプレイしてみた。
ピンピロリンピンピロリン♪
クレーンは人形を優しく撫でるような動きを見せて、あっという間に終わった。
「無理だ。クレーンが緩すぎる。帰るぞ」
「あっちょっと待ってよ〜!!」
BはAの背中を必死に追いかけた。
2人は41アイスクリームから出てきた。
「B…7連は普通にやばいぞ」
「へへ…どれも食べたくて」
舐めながらスクランブル交差点で信号待ちをしていると、交差点の向こう側に巨大スクリーンがあるのが分かった。青信号に変わりスクリーンがはっきりと見えるようになると、爆破事件のニュースを取り扱ってるのがはっきりと分かった。
「犯人探しが難航している中、ラビットボマーを名乗る動画が今日、動画サイトに上がりました。動画の一部始終を流します」
「僕らも有名人になったね〜」
「黙ってろA」
画面にはドラム缶のある薄暗いガレージに、ウサギが10人ほどひしめきあっている。
「いようラビットボマー1号2号、あれからずいぶん経つが元気してるかぁ?都庁にいた犯人は報道陣に呼びかけたらしく、そのせいで顔が割れたぞぉ」
警察官の格好をしたBの顔が右下に映し出される。
「そろそろ決着といこうじゃないかぁ?江東区にある辰巳埠頭に20日20時に来い!キャハハハ!!」
ウサギ達は興奮している様子で銃を上に向けて発砲している。映像はそこで止まった。
「やばいよA、相手銃持ってるよ」
Aはしばらく黙っていた。が、程なく口を開いた。
「警察の最新の情報を半グレのこいつらが知っているのが不自然だ。しかもあの銃…」
「A…」
「帰るぞ」
Bはバイクを取り出し、急いで家に向かって走り出した。
――――
小さな喫茶店に蛙谷と右腕の男が涼んでいる。蛙谷はしばらくアイスコーヒーを飲んでいたが、口を開いた。
「ちょっと賭けに出てみたぞ」
右腕の男は飲んでいたホットコーヒーを置いて、言った。
「何です、賭けって」
蛙谷はふんぞりがえりながら自慢げに言った。
「それはな……」
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