第16話 ルーレット

爆破当日の朝、食堂で朝食を済ませたAとBは、それぞれ準備にかかっていた。

Aはブラックマーケットで手に入れた制服を着込み、偽のIDカードを作成していた。Bは瓶のバニラコークをゴクゴク飲みながら、自前のバイクのメンテナンスをしている。

IDカードに視線をやったまま、AはBにボソリと呟いた。

「死ぬなよ」

「なにそれ〜死なないよぉ〜。これで良し!」

Bはバイクの調整を終えたようだった。

「こっちもOKだ」

「じゃあ行こう!」

バイクのキーを回すと、轟音が辺りに響き渡った。Aが運転手Bの後ろにまたがる。

急スピードでバイクを走らせると、あっという間にアジトが遠く消えていった。


――――


東京連続爆破犯対策本部内で、蛙谷が咆哮していた。

「奴らは動画でプルトニウムの使用をほのめかしている!プルトニウムの解析犯は倍にふやし、本日の都庁には我々以外人っ子一人来館させるなよ!」

フロア内にいた刑事達は急いで外に飛び出していった。


――――


対策本部を出た冴島氷子は、配下の5人と合流し通路を足早に歩いた。

「やはり対策本部の連中は都庁に1点集中のようね。私達はこれからすぐに成田空港に向かって爆弾探しよ」

「了解」


――――


車をジグザグと抜き去りながら、かなりのスピードを出してバイクを走らせていた。やがて空港が見えると、Bは興奮しきりだった。

「久々の空港だぁ〜〜!」

「ちゃんと前を見て運転しろ!」

さらにスピードを出したBに焦るがままのAだった。

空港前に着くと、Aはしまっていた帽子を被って姿勢を正した。

「どこからどうみても操縦士だよ」

「副操縦士(コ・パイ)だ。いいか俺のミッションはかなり楽だが、そっちの方は警察がウヨウヨいる。くれぐれも気をつけてくれ」

「大丈夫だって!じゃあね」

そう言い放ってBはバイクにまたがって飛び跳ねていった。

やれやれといった様子でAはジェラルミンケースを片手に空港内に入って行った。


――――


「何!?都知事が外に出ないだと!?」

「はい、テロには屈しないと言って都知事室から出てきません」

「むう…」

蛙谷は焦りを隠せなかった。

「とにかく説得を続けろ!他の者達は言われた任務を遂行するんだ!」

はい、と言って周辺の刑事は散り散りになった。刑事の一人に蛙谷が、

「入口を特に見張れよ!警察以外誰も入れるな!」

と喝を入れた。


――――


冴島は走行中のパトカーから窓の奥の景色を見ていた。トンネルに入ると、賭けに出た一人の女の顔が映し出される。

「都庁からはまだ爆弾が出てきていないようです」

横にいる男がタブレットを手にメガネを上げながらハキハキと喋った。

「良かったわ」

「あと20分ほどで成田空港に到着予定です」


――――


片手にケースを持ったAは、慌てる様子もなくそのまま目的地に進んだ。

成田空港には1500もの監視カメラがあるが、完璧なプランであることを確信していたのでさして気にもならなかった。

電光掲示板を見上げると、国際便パラオ直行便84便が映し出されている。

Aは迷わずゲートへと向かった。ゲートには2人の警備員が立っている。Aは自分で作っておいたIDを見せ、

「副操縦士の相沢だ。通してくれ」

「どうぞ」

すんなりとゲートをくぐり抜け、飛行機へと侵入成功する。ここからが本番だ。期限は本物の副操縦士が来るまでとなる。Aは無駄の無いスタイリッシュな動きで先頭のコックピットを目指した。


――――


都庁の周辺は野次馬で盛大な様相をみせていた。いくら去れと命じても留まることを知らなかった。

「都知事、お願いですから避難してください!」

「テロには動じないと何度言ったら分かる!?職員も呼んでこい仕事にならん」

「皆、避難しております」

「まだ爆弾一つ見つかってないそうじゃないか、うん?」

蛙谷は言葉を詰まらせた。そう、まだ爆弾らしきものは見つかってはいないでいた。

こうなれば最後の手段である。蛙谷が顎で指示すると、3人の刑事が都知事をがんじがらめにした。

「こ、こらっ何をする!」

強引に都知事を椅子から剥がすと、部屋の外へ退出させた。

蛙谷はどこにやればいいか分からないでいる怒りを無線へと向ける。

「早く爆弾の1個でもみつけてみろ!特に重要な2フロアは入念にな!」


――――


空港前に2台のパトカーが到着する。冴島氷子と精鋭5名、爆弾解析班2名である。そのまま走り空港内へと入っていく。

冴島も今日ばかりはスニーカータイプの安全靴を履いていた。そのままゲート前まで駆けてから、僅かながら息切れを漏らした。

冴島は飛行機のゲート前にいた2人の警備員の元に駆け寄り、何か問答をしていた。ほどなく戻った冴島は、腰に掛けていた拳銃を取り出した。周囲の刑事は固唾を飲む。

「いい、ここからは拳銃の発砲を私の権限で許可する。始末書の事なんて考えないで」

警察は発砲すると始末書を必ず書く決まりになっている。

「狭い場所での戦いになるわ!覚悟して」


――――


パラオ直行便の飛行機内のコックピットにやってきたAは、手に持っていたジェラルミンケースを開け、スライム爆弾を足元に2つ、くっつけた。

「コックピットは派手に爆発して欲しいからな」

そして、座席の38番と46番にもスライム爆弾をくっつけると、早々に飛行機から脱出する、つもりだった。

だがしかし、脱出口の方で騒がしい声が聞こえてきたのだった。


――――


「ひゃ〜いっぱい人、いるなぁ」

Bは野次馬に混じって、このお祭り騒ぎのような様子を眺めていた。しかしBは到着地点やや前で警官の格好に着替えており、背にはリュックを背負っている。

「あー抑えて抑えて」

と言いながらBは前にゆっくりと上がり、堂々と都庁入口から中へ入っていった。中には思った以上の警官がおり、Bは少し不安になったが、Aの顔を思い出し勇気をもって一歩を踏み出した。

まずは38階フロアにいくつかスライム爆弾をくっつける予定でいたので、エレベーターで38階まで横着する。

と、38階にはさらに多くの警官が警備に当たっていた。さすがに冷や汗が出る。

「ご苦労」

「ご、ご苦労」

と挨拶をしながら、どこか爆弾がおけそうな箇所を探し歩く。給湯室が一番置きやすそうに感じたBは、ヒョイと給湯室に隠れ、背負っていたリュックからスライムを1個取り出し、影になる部分にぺとりとくっつけた。

「本当によく、くっつくなぁ」

感心していると、警官が通り過ぎてきたので、慌てて身を隠す。

危ない所だった。Bは胸を撫で下ろして給湯室を後にし、次にどこに置こうか悩みながら歩いていると、

「司令官!爆発物のようなものをみつけました!」

今くっつけたばかりの爆弾が、早くも警官によって見つかってしまった!Bは慌てずノートパソコンを取り出し、カタカタと打鍵すると、エレベーター前以外のドアをハッキングでロックにした。ドンドンと透明のドアを叩く刑事をよそに、Bはエレベーターに乗り1階を目指した。乗っている間は1秒が10秒に感じた。リュックからスライムを両手に1個づつ手にした。

1階では無線で聞きつけた警官がダッシュでBめがけて突進してくる。Bはスライムを警官の顔にぺとりと投げつけた。

「なっ…」

スライムを投げつけられた警官はどうと倒れた。それを飛び越えたBは急いで外へと急いだ。

警官にひっついたスライムは赤く変色してから、ボオンという煙を出してへたった。


――――


「蛙谷指揮官!爆破犯の一人を見つけました!」

蛙谷の顔からやっと笑みが浮かんだ。

「すぐ確保しろすぐにだ!これだけの人員割いてるんだから必ず仕留めろ!」


――――


冴島は銃を構えながら、ゆっくりと機内を前に前に進んだ。他刑事もならって進む。

「爆破犯を人間と思っちゃだめよ」

機内はシーンとしている。冴島は機内の座席番号をチラ見しながらゆっくり進んだ。

46番座席を見つけると、素早く座席の下に銃口を向ける。怪しい物はなさそうだった。38番座席にたどり着いた刑事が、そこに立ち止まった時である。

バン、と銃声が聞こえた。38番座席にいた男が音を立てて倒れた。その場所へ他の刑事が急いで近寄りながら発砲した。しかし近寄った者は全員発砲を受け即死した。

爆弾解析犯2人は悲鳴を上げて逃げ出した。しばしシーンとした空間が流れた。機内には冴島と、発泡した謎の人物だけが残った。冴島は銃口を向けたまま叫んだ。

「おとなしく投降しなさい爆破犯!」

それに応えるかのように、座席からスライムを手にし上にヒョイと上げてみせる。

冴島はそれに発砲したが撃ち損じた。

「おー危ない危ない、プルトニウム爆弾に発砲するなんて」

冴島は動揺を隠せずにいた。確かに奴の持っている爆弾は9:1でプルトニウム爆弾だと思われたからだ。焦りを隠すように彼女は男に語りかけた。

「頭がおかしいわよ。何の要求もなしに爆破を繰り返すなんて」

Aはニヒルな笑いをみせつつ答えた。

「ここを爆破地点と見抜いたのは褒めてやる。だが頭のほうはどうかな。それを決めるのは…お前じゃないんだよっ!」

そう言うとAは冴島めがけて手に持っていたスライムを剛速球で投げつけた。投げたブツは冴島の顔面に直撃した。

「きゃあ!なんなのこれぇ!」

じたばたもがく冴島をよそに、Aは出口めがけて駆け出していった。


――――


すぐ都庁の出入り口にたどり着いたBは、そのままの勢いで外へ踊りでた。野次馬が先程来た時よりも重厚になっていたのもそうだが、ある意味一番厄介な者が通り道を遮った。報道陣である。

「爆弾は見つかったんですか?」

「都知事がまだ中にいるとの事ですが?」

Bはカメラに向かって叫んだ。

「爆弾が発見された!みんな即、避難を!!」

周辺がとたんに色めきだった。叫び声がうごめく中、Bはその場を通り抜け、隠してあるバイクへ向けてダッシュした。追いかけてきた警官の群れは、あっという間に報道陣に飲まれていった。バイクのある場所まで向かう間、Bはケ―タイを取り出しAに電話をかけた。

「A!僕は無事だけどミッションは失敗!繰り返す!ミッション失敗!」


――――


「何!?逃げられただと!?」

「素早い奴でして…しかも都庁のシステムを操っていました!」

「ちくしょーっ!!」

蛙谷は無線を地に叩きつけた。虚しい音が部屋に響き渡る。

「もう爆弾は探しても無駄だ!全員退避!」


――――


小走りで通路を駆けていたAだったが、空港の入口にまで到着すると、冷静になり、タクシーを呼んで空港を後にした。帽子を脱ぎ行き先を告げると、ケータイが鳴った。Bからだ。

「A!僕は無事だけどミッションは失敗!繰り返す!ミッション失敗!」

「そうか。でもBが無事で何よりだ。こちらは一応ミッション成功。ガレージで会おう。」


――――


「指揮官!動かないで下さい!」

「早く取って!早くぅ!」

機内では戻ってきた爆破解析班が、冴島についたスライムを剥がしている最中だった。

「すごいプルトニウム反応だ…これ本物の爆弾ですよ」

剥がし終えた冴島は、

「即退避するわよ!早く早く!」

「大爆発を起こしますよ?」

「仕方ないでしょう!退避!」

3人は情けなく機内から退場した。

ゲートまでたどり着いた3人は腹から叫んだ。

「爆発するわよ!早く避難して下さい!」

くっつけたスライムはだんだん青から赤色にじんわりと変わっていく。

ゲート前はパニック状態になっている。

「死にたくなかったら逃げて!私は行くわよ!」

そう言って冴島は空港の出入り口めざして走り出した。戸惑う者、一緒に駆ける者様々だ。冴島が出入り口を通過した時である。スライムが完全に真っ赤に変色した。


ドカンという重い音がした。ガラスは割れ、近くにあった飛行機や建物や人が吹っ飛んでいく。破片が狂気のように狂い踊る。何者をも切り裂く破片は空港の入口まで飛んできた。とたんに悲鳴が響き、阿鼻驚嘆と化した。

「どうして、こんな……」

冴島はそれ以上言葉が思い浮かばなかった。


――――


空港には自衛隊が出動し、現場の収束を図っていた。

対策本部では刑事がすし詰めになっていた。

「えー今回の都庁という短絡的な計画を鵜呑みにした蛙谷君には指揮官を降りてもらい、飛行機を狙ったものと推測した冴島君に指揮官を再任してもらう」

蛙谷はうつむいて微動だにしない。冴島は立って拍手と歓声に応えた。

「えーしかしながら空港の被害は甚大で、引き続き捜査に精力を惜しまず行こうと思う…ん?」

男は誰かに耳打ちされた。

「えー。たった今爆破犯から動画が届いたそうなので再生します」

モニターにはいつもの2人のウサギが映っている。

「ラビットボマー1号でーす」

「2号だよ〜!」

「いやー今回はーまんまとやられてしまいましたー」

「残念!」

「でも空港だと気づいた指揮官は出世させたほうがいいよ」

「都庁だと思った指揮官は地に落としたほうがいいね!」

「さて今回で少し僕らは疲れたので、ちょっとお休みしまーす」

「休憩大事!」

「気が向いたらまた動画送るんでよろしくー」

「じゃあねぇ!」

プツリと動画が途切れた。

「ふざけやがって…俺は諦めないからな」

蛙谷はボソリと呟くと席を立った。

「ラビットボマー…じわじわとでも追い詰めてやるわ」

冴島は自信を取り戻したかのように振る舞うのだった。















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