第53話


「さあ、吐いて吐いて。吐けば呼吸ができるようになります」


昔は兵士同士で乱暴に肺と気管支を押し上げるようにマッサージをするのをよく見た。一般人相手に兵士と同じような扱いはできないが、背中をさすりながらゆっくりと息を吐き出させてやる。


「そうそう。肺の中の空気を出してしまえば楽になる」


最初はわずかに咳き込むようにやっと吐き出す呼吸が、しばらくすると長い呼気に変わる。ほんの1、2分の処置で彼女の呼吸は正常に戻りつある。


彼女はハンドバッグから小さな包みを出した。震える手で薬のシートをつまむが取り落としてしまう。それを地面に着く前に勇が拾った。


「常備薬ですね」


「レキソタン」と書いてある。


錠剤シートから薬を出して渡すと、彼女は薬を口に含んで飲み込んだ。


「すいません、ご迷惑をかけて」


「楽になりましたか」


「手足がしびれて、狭いところに閉じ込められると発作が起きてしまうので」


酸素の吸いすぎで手足にしびれが回ったようだ。ここでこそビニール袋が必要になる。


「まだ不安がありますか」


「まだ、心臓がばくばくいってる……早く列車が動いて欲しいわ」


(確かに今のこの状況は閉塞感がある。だが言わないでおこう)


メンタル強者の勇でも、この状況に不安や恐怖を感じる人がいることは理性で理解できる。


「俺は感覚が鈍いのであなたの苦しさはわかりませんが、ここにいて見守っていますから安心してください。列車が次の駅に着いたらすぐに地上へ出ましょう。何があってもお守りいたします。病院までお供してもいい」


言葉で支える。患者が話したい場合は、傾聴し、共感し、サポートを提供する。。彼らが感情を吐露することで、不安を軽減すること。


「ありがとうございます。ご親切に」


「お安い御用です」


『ご迷惑をおかけしております。間もなく列車運行を再開いたします」


ようやく電車が動きだし、すぐに次の駅に到着した。


「ほら、もうすぐドアが開きますよ。外の空気を吸いましょう」


安心感を与える。患者に対して安心感を与えることが大切。彼ら彼女らに、発作は一時的なものであり、過ぎ去ることを伝える。


彼女の体には力が戻ったのか、自力で立ち上がることができた。しかし、何分間停車していたのかもわからないが、駅のホームにはぎっしりと乗客が待っていた。


「あ……」


せっかく元気になりかけてた女性の顔がぎょっとこわばる。


医療機関への連絡。発作が激しい場合や、患者が安全でないと思われる場合は、緊急医療サービスを呼ぶ。医療専門家の指導を得ること。


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