第51話 地下鉄

ホテルを後にして地下鉄に乗った。タクシーを手配するから乗って帰れと言われたが固辞した。一人暮らしなのを話したためか、お土産にホテルのレトルト食品の詰め合わせを袋いっぱいに持たされた。これはありがたかった。ホテルのレストランのお土産は、高品質な食材と調理法を使用して作られており、その味わいや品質はレストランで出される料理と同様。さらに、手軽に持ち運べて調理が簡単なので、忙しい日々の中でも本格的な料理を楽しむことができる。


朝倉社長とはこれからも度々会うことになりそうだ。


地下鉄の車窓、トンネルの奥を背にした窓ガラスは自分の姿がよく映る。


刹那、車内の照明が点滅した。この世界の電化製品の性能の高さには驚くばかりだが、特に公共交通では機械の異変というのはことさら珍しい。こういうときは何かの予兆と考えるのが正しい。


電車の中なので気づきづらかったが、通常とは異なる振動が足元に伝わってくる。


「地震か?」


日本は地震大国だ。元いた世界・アーシェスでは地震は少なかった。火山にでも近づかないと滅多にお目にかからない。


「これはでかいな」


電車のなかでもはっきりとわかる。東日本大震災直後には大きな余震が多かったが、最近では珍しい。列車はスピードを緩めていく。


やがて完全に停止してしまった。


「できれば次の駅まで辿り着いて欲しかったなあ」


このまま揺れが大きくなり続けて、大震災を超える震度になったら地下鉄はどうなるのだろう。地下鉄で地震に遭遇すると、いくつかの不安が生じる。まず第一に、閉所での地震体験は圧迫感や制約感を増幅させ、身動きが取りにくい状況にあることから、パニックや不安感が高まること。また、地下鉄は地下に位置しているため、避難経路が限られていることや、外部の安全状況を把握しにくいことから、避難する方法や情報不足による不安も考えられる。さらに、地下鉄での地震は交通機関の安全性や運行の停止、そして外部との連絡が途絶える可能性があり、これらも不安感を増大させる要因となる。


勇はナーバスな人間ではなかった。電車が止まっている間、また朝倉社長のことを考えていた。穏やかな夕べであったが、よく観察してみると彼女の顔にはどこか影があったようにも見えた。


「おつかれなのだろう」


大きな企業を率いているのだ。神経もすり減らすのだろう。ガラス窓の中で一人の女性が背中を丸めた。振り返ると、肩を震わせて両手で自分の体を守るように立ち尽くしていた。


「?」


電車の中にアナウンスがある。


「ただいま地震のため、停車しております。しばらくお待ちください」


すぐには動き出しそうにない。それを聞いた女性がさらに激しく痙攣し始めた。


立っているのやっとのようで膝が震え、倒れる寸前だ。


「どうしました?」


こういう時、勇は声をかけることを躊躇しない。


「わ、私は……」

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