第49話

時間が経ってくると、見えてくるものがある。朝倉麻里亜から注がれるのは、値踏みされるような鋭い瞳だと思っていたが、若き辣腕企業経営者という先入観にとらわれていたのかもしれない。


キツネのようなつり上がった眼と思ったが、よく見ると目の端でカーブして少し垂れ目気味になっている。愛嬌と鋭さのある特異な双眸だ。


「東上くんの作品は他の作品とアプローチが少し違うようね」


(お気づきになられましたか)


「どんなところがちがいますか」


「気を悪くしないで欲しいのだけれど、自分に制約を多く課しているように思いました」


「実は大学の講義の課題で書いたものなんですよ、教わった通り、というより、ここにこの分量でこんな説明を入れるという課題通りに作品を制作したので、そう感じるんでしょうね。作家修行って、本来もっとフリーダムなものらしいですから」


「とってもファンタスティックな題材なのに、論文のように固く感じたのはそのせいでしょうか。でも、わたしはこの作品に書かれた世界の設定がよくわかりました」


「授業でもそこに時間を割きましたからね。いきなり書き出すのではなく、材料の選別や下ごしらえが一段階ずつ毎週宿題になってるんです」


「へえ、どれぐらい時間がかかりました?」


「時間がかかったと言っても、次の週には提出して次の課題に取り組まなくてはなりません。授業は他にもありますしね」


相変わらず文章を書くのには他の学生たちの倍の時間がかかった。だがアイデア出しは早かった。


授業の前半はテーマの決め方や漠然とした世界観、テーマや起承転結の組み立て方が課題の主な内容だった。その後、徐々に人名の決め方や登場人物の名前の決め方と、国の成り立ち、食文化や民族民俗、風習、衣装などの細かな小道具に至るまでの設定を考えること、そういったことが段階的に課題として出された。


いちから設定を考えるが他の学生たちに比べれば、早々に創作することを断念して樹は自分の故郷に思いをはせた。記憶の中の条件を次々に描き出していく。あの国のことこの街のこと、親切だった騎士や自分が成敗した盗賊のこと。王侯貴族の召し物、庶民の服装。


それらを書き出すだけで本一冊になってしまうから、なるべく物語の縦糸に沿った情報の取捨選択が必要だ。


淡々と事実だけ書いても面白いものにはならない。物語の流れに沿って適切な描写を心掛けねばならない。


それらが事実ということだけは隠して麻里亜に伝えた。本当はそここそが創作の秘訣裏技なのだったが、言えるはずもない。

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