第47話
シルエットが細く体のラインに沿ったデザインのスーツは、白いワンピースに見間違えたほどだ。長い黒髪、ストレートパーマでもかけているのか、 髪の毛一本ずつが鋼のようにまっすぐで光沢があるので、よりシャープなイメージを受ける。気押されるような冷たい迫力と言ったところか。
「いえいえ、有名企業の社長様からファンレターをいただくなんて光栄ですよ」
しばらく恐縮合戦が続いたのちに、
「どうぞおかけください」
店の中に自分のような若造は一人もいなかった。スタッフだって年上だ。朝倉女史だって、年齢は聞かないが20代半ばにしか見えない。彼女が大企業の代表者であることを考えてもこの二人の客は周囲から浮いていた。
煌びやかなシャンデリアの光が、高級ホテルのバーを彩り、洗練された大人たちが上品な笑顔を交わす中、大学生の彼がひときわ浮かび上がっていた。学生の無邪気な笑顔と、周りの優雅な雰囲気が交わるその瞬間、まるで時が止まったような異次元の風景が生まれ、違和感が漂った。
他の壮年の客からの視線もちらちらと感じた。それは、場違いな若輩者への興味だけではなく、麻里亜の美貌が原因かもしれないが。
「アルコール、大丈夫ですか?」
「ええ」
うなずくだけで、 5秒と経たずに目の前にカクテルが置かれた。 後ろで給仕が待機していたようだ。よく見ると二人いて、もう一人はソフトドリンクをトレイに載せていた。
どちらのオーダーにも対応できるよう、用意してくれていたのだ。
「もちろんお茶やコーヒーも遠慮なくおっしゃってください」
ライトノベル作家には高級な接待は似あわない。 以前には、出版社主催のビュッフェパーティーに招待されたこともあった。けっこうな有名ホテルが会場だった。
収入が不安定な若手作家などはみな料理に舌鼓を打っていたが、 誰かが不満を漏らした。
「なんだ、コーヒーも無いのか」
1人の作家がコーヒーを探していた。そういえばコーヒーカップやサーバーも無い。 ウーロン茶やウィスキーなどはカウンターでウェイターが作ってくれている。
「コーヒーありますか」と尋ねると、テーブルの隅に木製のケースがあって、扉を開けると、コーヒーカップが温められていた。作家たちは顔を見合わせた。高級ホテルではコーヒーカップもむき出しにはなっていないのだ。
コーヒーそのものももステンレスのポットに入っていた。
ホテルのサービスの知識がそんなもんなので作品の中で高級な食事を表現しようとすると、やれ「ドンペリ」だの「ステーキ」だのになってしまうのであった。
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