第40話 アルデンヴァル国のフィオレンティア姫
王子は小説中の世界に没入していた。読者は文字の舞台に浸り、ページをめくる度に、言葉の魔法に導かれ、物語の世界で夢幻の旅路へと身を委ねるかのように、心の奥底で実在と虚構が交錯する幻想の瞬間に立ち会う。
アルデンヴァル国に近づくとフィオレンティア姫を迎えるための部隊が出陣するのとすれ違った。彼らと合流し、姫殿下が帰城するのと、ヨナたちが入城するのは同じ日だった。隊列を見かけたが、ホムラが声をかけようとするのを制した。この時が一番危ういと感じたからだ。
長い長い城壁に囲まれた都市である。
城門の外では、立派な櫓がそびえ立ち、防御の要として堂々とそびえる。城壁に沿っては見張り台が点在し、巡回する兵士たちが厳重な警備を行っている。門の前には深い堀が広がり、引き橋が掛かっていた。
関所の衛兵にすら正体を明かさず、通行手形を見せて街中を通って宮殿へ向かう。
一方、城門内では賑やかな市場が広がり、商人や冒険者たちが行き交っていた。古びた建物が立ち並び、中には宿や酒場があり、冒険の息吹が漂う。城門をくぐる者たちは、内部での冒険や取引に期待を胸に、門をくぐっていく様子が見受けられる。
近衛兵たちの屯所へ、そこで初めて符牒を伝えると、速やかに宮内に通された。
出発時に別れた近衛の面々は数を減らすことなく帰参したようだ。
「よくぞ、勤めを果たしてくれた」
城内の廊下で取り囲まれるように拍手で迎えられ恐縮した。
「みなさまも無事のようでなによりです」
左手に立つホムラの右手がヨナの左手を握っていたことに気づいた。いつから触れていたのだろう。意識したら顔が熱くなった。
「ホムラ! ヨナ!!」
二人は王の間へ謁見に向かっていたのだが、聞き覚えのある声が廊下に響いた。
フィオレンティア姫が廊下を二人に向かって走ってくる。旅装束ではなく、公女の正装だった。
本来なら、王の間にて二人が控えるところへ、後から登場するものと思っていた。
「姫、そのような振る舞いをされては、威信が」
侍従が諌めるが姫は耳を貸さない。
「なに言ってるの、じい! 救世主どのをお迎えするのは王家の務めよ」
姫は勢いを殺さずに、ヨナとホムラに抱きつき止まった。
「本当に、よく生きてたどり着いてくれたわ」
ヨナの頬に熱い滴が触れた。姫は感涙していた。あまり名誉欲など無いヨナだったが、一国の姫君にここまでのねぎらいを受けては誇らしい気持ちにならずにいられない。
王との謁見は短かった。緊張が続いては旅の疲れも癒えまいという配慮だったようだ。しかし、国内ではホムラの入城が伝えられると士気は大いに高まった。
ホムラは王宮内でも我が家のようにくつろいでいた。
王すら救世主ホムラを下に置かない対応だった。彼女とヴァイオラ姫が親友と呼べる間柄になっていたこともある。
ヨナは……まあ、あくまで客人扱いだった。救世主の護衛としては、高く評価されているようだ。お役目を果たしたので、寺にもどる許しももらえるだろう。
しかし、ヨナ自身、既にこの頃には帰りがたい気持ちになっていた。
部屋をノックする者がいた。
「ヨナ、いいかな?」
ひょこっと廊下から室内を覗くように顔を出すホムラがいた。
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