第37話
「えー? 1200字書けたらそこで終わりでいいですよー。そこまで書くのが大変だからお願いしてるのにー」
もう一人の女子、唯ちゃんはとにかく宿題を早く終わらせてしまいたいようだ。ぼくはこれはすこしプロの作家先生に教えを乞うているのに失礼ではないかとハラハラして、勇先生の細かい表情を読み取ろうとしたけど、顔色や口角を歪めることもなく話を続けた。
「いやいやいや、レビューは読書体験の反芻だからね。宿題としてだけでなく習慣にすると楽しくなると思うよ」
(ハンスウってなんだろう?)
「せっかく読んだのだからこの作品を自分の血肉としてほしい。一度読んだだけでは、ただおもしろかっただけでも、作品のおさらいをすることでまた気づくこともあるよ」
唯ちゃんは特別読書好きではないし、学校ではバレーボールクラブにはいっていてスポーツの方が好きなタイプの女の子だった。髪の毛を短くカットしていて、ぼくと百合ちゃんの中間の雰囲気の女の子だと思う。
「さて、この『チームふたり』のあらすじをどう説明する?」
「卓球チームのお話です」
「そう。そのチームというか、他の同級生たちも含めた小学校でのクラブ活動のお話だな。そこでどんなことが起きたか」
唯ちゃんの瞳がまぶたの間でクルクルと動く。
「主人公の男の子のお父さんが会社をクビになります」
「そう。そして理由も重要だ」
「飲酒運転だったかな」
唯ちゃんが記憶をたどっている。
「違うよ。バス会社の勤務前アルコール検査に引っかかったんだよ」
訂正したのは百合ちゃんだった。 この本を選んだ百合ちゃんだから、細かい部分も覚えているようだ。
「昔は飲酒運転も今ほど厳しく取り締まられてなかったんだ。飲酒運転による事故が大きくマスコミで取り上げられるようになって法律も変わった。飲酒運転で事故を起こせば人生の破滅だ。そういう社会の背景が子供に伝わるか伝わらないか微妙な線の上で触れられている」
唯も内容を思い出したようだ。
「お父さんは前の晩に、退職する仕事仲間の送別会でお酒を飲むんだった。一晩寝たのだけれど翌朝、会社での始業前アルコール検査に引っかかって仕事を止められたと」
「バス乗務員は乗客の命を預かっているわけだから、乗務前に呼気検査を行うことをおれもこの本で知った。お父さんはこれがきっかけで長年勤めたバス会社を退職することになる。お父さんの油断であるわけだけど、一晩寝ればアルコールも抜けるだろうという感覚は誰しもにある。深夜まで泥酔していたわけじゃないのに職を追われることになることもあるという理不尽を読者に教えてくれる。飲酒で仕事を辞めることになると言った場合、君らはどんなお父さんを想像する?」
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