第34話 王子と読書感想文

王子は師匠と出会った日のことを思い出す。もうすぐ二年が経とうとしていた。


ぼくが住む東京都武蔵野市のとある団地に集会場(後にコミュニティカフェと言う呼び名を知った)があり、大学生の彼はボランティアで子どもやお年寄りに作文講座を開いていた。教員採用を目指す学生はよくこういうことに駆り出されると聞いたが、彼は異なる事情があるようだった。


ぼくは友達と待ち合わせをしている間に、たまたま講座を横で聞いていて(集会場の隅でゲームをしていたのだが)その涼やかな語り口に好感を抱いていた。だからいま考えればずいぶんと図々しいお願いをしたものだけれど、彼がプロの小説家であると知って「読書感想文を書くの手伝ってください」なんて頼んでしまったのだ。


彼は作家だからと言うより、住民同士の気安さで快諾してくれたが当時、ぼくが小学4年生であったからあんなことを言えたのかもしれない。彼も普通のプロの作家であれば承諾などしなかっただろう。


東方勇(ひがしかた いさみ)はデビューして年数の経っていないライトノベル作家で、近隣の大学に通う21歳の青年だった。


「その本を読んでおくよ。来週またここで会おう」と言って彼は約束どおりに現れた。


「課題図書は『チームふたり』。作者は女優でもある『あさのあつこ』さんだな」


「うん。違う人ですね」


師匠は本当に勘違いしていたようだ。


「ご存知のとおり内容は小学校を舞台にした卓球クラブの生徒とその家族を描いたお話だが、君たちは読書感想文を書くのは苦手か?」


ぼくはうなずいた。同級生の二人の女子も自力で書こうとはしたがどうも何を書いていいのかわからなくて面倒になってしまったのだった。


「この本はつまらなかったか?」


「おもしろかったです」


おもしろかったと表現する手段が「おもしろかったです」以外のボキャブラリーを持っていないのが小学4年生だった。まあ、文才のある子どももいるのだろうけど、こういう作文で賞をもらうような子と自分はどこがちがうのだろうかと考えてしまう。ましてや、目の前にいるのは歳は若いがプロの作家として活躍されているそうなので、ぼくから見たら言葉の魔術師のような存在だった。


「どんなところが面白かった? おもしろかった場面を言ってみようか」


顔を見合わせる児童3名。最初に答えたのは百合ちゃんだった。


「わたし、卓球クラブに入ってるので同じ小学生の卓球部員の気持ちがわかりました。なかなか思ったように上達できないところとか」


ちなみに課題図書は数冊あったのだけど3人とも同じ作品を読むことにした。それは1番最初に積極的にこの本を選んだのが百合ちゃんだったからそれに倣ったのだった。


「自分の体験と共通点のある作品は自然と好きになる確率が高い。共感ってやつだな」


「共感」

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